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セヴシック

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茨の森 8
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函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。


「昼食」


 朝早い横浜天音学園のエントランスに足音が響く。この学園に来るようになってからまだ日が浅く、かなではこの外界から遮断されたような静けさに慣れない。夏休みの朝のこんな時間に誰かがいるはずもなく、かなでは音だけでなく存在すら切り離されたような気分になった。そう思うのは、これだけ経ってまだ何も思い出せないことも関係しているのかもしれない。
 地方予選を突破した今、次はセミファイナルがすぐそこに迫っている。おそらく、次もまた少なくないブラボーポイントを集めることになるだろう。それにはセミファイナルの場で素晴らしい演奏をするのが一番効率良いということが昨日わかった。あの携帯を取り戻すためにも、セミファイナルでも優れた演奏をしなくてはならない。目的を達成するためにはさらなる練習が必要だと感じ、こうしてかなでは元来得意ではない早起きをしてまでここに来たのだ。
 それに、とかなでは冥加に向けられた鋭い目つきと、遠ざかる背中を思い出す。彼を思い出すと、練習への意欲はさらに増した。気持ちがはやっているのか、練習室への道のりがいつもより短い気がした。短いと思えるほどこの練習室を利用したことはないのに。
 かなではその練習室の一つに誰かがいることに気づいた。やはりこの学園の音楽に対する意識は高いのだと感心し、ちらと中を覗く。
 見間違えるはずの無い背中が目に飛び込んできて、かなでは思わず凝視した。中で練習していたのは冥加だった。その音色が聞けないのがもどかしく、ドアノブに手をかけようとした自分を慌てて止めた。
「おはようございます、冥加さん」
 聞こえるはずの無い挨拶をし、かなでは一つ部屋をあけた三番目の練習室へと入った。ありえないとはわかっているが、隣の部屋では自分の音が聞こえてしまいそうで恥ずかしかったのだ。
 そうだ、とかなでは冥加から借りたハンカチのことを思い出す。丁寧にアイロンがかけられたそれをかなではいつでも返せるようにと持ち歩いていたのだが、冥加から返せと言われることもなく、返却の機会が無いままバッグの底で眠ったままだった。
 かなでは今返すべきかと迷った。しかしよくよく考えてみると、借りたものを何のお礼も無しに返すというのは失礼ではないか。一度思ってしまうとためらいは膨らんでいく。かなではバッグにしまわれたハンカチを一瞥し、代わりにヴァイオリンを取り出した。
時間は有限だ。今やらなければならないのは練習。そう言い聞かせ、ハンカチのことは昼ごはんを食べながらでも考えようと、かなでは楽譜を開いた。



 ドアの小窓から見える生徒の数が多くなってきたことで、かなではもうすぐ昼時に近づいていることに気づいた。少し早い時間ではあるが、朝早く起きたのだから丁度いいかもしれないと、かなでは携帯でニアに連絡をする。
 今日は暑くて外に出る気にならない。という旨の返信を受け取り、ソラにもメールを送ったところ似たような答えが返ってきた。彼らはお互いを煙たがっているようだが、こんなふうに息の合うところもあるのだと苦笑する。トーノに連絡をするのは何故だかためらわれて、かなでは練習室を後にした。
 どこでお弁当を食べようかと考えながら歩いていると、見知った顔が廊下の向こうから歩いてくるのが見えた。
「小日向さん、こんにちは」
「七海くん、こんにちは」
 七海とは理事長室に案内してもらった時以来、まともに話をしたことがない。かなではこれも何かの縁だと思いつき、彼を誘うことにした。
「七海くん、お昼はもう食べた?」
「お昼ですか? まだですけど」
「良かったら一緒に食べない? 今日、たまたま一人になっちゃって」
「オレと一緒に昼ごはんなんて、いいんですか?」
 誘われるとは思ってもいなかったのか、七海は目をぱちくりとさせる。
「もちろん。一人より二人の方が楽しいし」
 人懐こい笑顔を浮かべて七海は喜んだ。冥加や氷渡は近づきにくい雰囲気があり、天宮はそうではないのだが不思議なオーラを纏っている。横浜天音のメンバーの中では、年下ということもあり一番話しやすそうだとかなでは思った。
 お昼を食べる場所を探すためにかなでは七海と廊下を歩く。
「この前の地方大会の演奏、とっても素敵でした!」
「本当? 嬉しいなあ。でも、冥加さんたちの方が凄かったけどね」
「部長、すごいですよね」
 七海と談笑しながら歩いていると、またもや知り合いが姿を現した。
「あれ、珍しいね。二人が一緒なんて」
「あ、良かったら天宮さんも一緒にお昼どうです?」
「お昼? ああ、もうそんな時間なんだ。特に何も持ってきてないんだけど、いいのかな」
「天宮さん、お弁当持ってきてないんですか?」
「今日はそういう気分でも無かったから」
 気分の問題なのかと驚いていると、七海からも同じように驚きの声があがった。やはり、天宮はどこか人とは違う感性を持っているようだ。
「私、多めに作ってきてるんで一緒に食べましょう」
「いいのかい?」
「はい。私一人じゃ多すぎる量なので」
 天宮には色々と聞きたいことがある。七海がいる前で妖精の話はできないが、他に何か話せるかもしれない。小日向はニアから聞いたリラの家の話を思い出していた。
「オレの弁当も量多いんで、良かったらぜひ食べてください!」
「じゃあ、ご一緒させてもらうよ」


 かなでたちは屋上庭園のベンチに座り、お弁当を食べていた。庭園の整った薔薇と、その薔薇を守るように生えた立派な棘を見て、かなでは冥加とのやりとりを思い返した。
「冥加さんは、昼食とかどうしてるんですか」
 ふいに浮かんだ疑問を、かなでは口にする。
「冥加? さあ…一緒に昼食を食べたことも無いし」
 聞いては見たが、予想していたことではあった。冥加が誰かと並んで穏やかに食事をしている姿は想像できない。
「七海くんも?」
「はい…冥加部長、忙しそうですし。オレから声をかけるなんてとても」
「そっか、理事長代理だからお仕事も色々あるのかあ」
「働き者だよね」
 もしかしたら、冥加も天宮のように昼食を抜いているのではないかと考えたが、あれほどの厳格な人だ、体調管理もしっかり行っているのだろうとあれこれ考えていた。けれどもし簡素なもので済ませているのであれば、自分がお弁当を作っていけばそれを食べてもらえるのではないか。
 我ながら浅ましい考えだと思う。どうして親しくもない自分のお弁当を受け取ってもらえるなどと一瞬でも思ったのか。かなでは一人で盛り上がり、そして落ち込んだ。
「小日向さん。記憶の方はどう?」
 卵焼きをつついていたかなでの手が止まる。
「あはは、残念ながら何も…」
「そう」
 かなでは何の話かと目を白黒させている七海に説明をした。七海は話を馬鹿にするでもなく真剣な目をして聞いていた。
「そうなんですか…。記憶が無いって、大変ですよね」
ためらいながらそう言い、まるで自分が記憶喪失にでもなったように顔を暗くする七海に、かなでは少し申し訳なく思った。
「まあでもみんな優しいから、特に不自由はしてないよ」
「それでも、オレだったらきっと不安で居ても立ってもいられないと思います。小日向さんは強いんですね」
 強い? 意外な言葉をかけられかなでは困惑した。そこで思い出したが、かなでには疑問があった。名前以外の記憶は無かったが、記憶以外に覚えていることがある。なんと言ったらいいかわからないのだが、かなでは、記憶がないにも関わらず不自由なく生活できている。言葉や色々なものの名称、ヴァイオリンの弾き方、料理の作り方。多分そういった知識があるから、かなではそこまで困ることなく落ち着いていられるのだ。
よく考えれば、それは不自然ではないか?
「そうかな。僕もそんなに取り乱さない自信があるよ」
 記憶についての会話が続いたが、疑問がかなでの頭の中をぐるぐると回り続けた。上手くできたはずのお弁当の味を、その後はまったく覚えていない。



なんだかぶつ切りっぽくなってしまいました。
天宮さんは今後も活躍?してもらいたいですね

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