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セヴシック

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茨の森 14
15話←  茨の森14話  →13話  →→→1話
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。


「セミファイナル」



 きっと、ヴァイオリンが楽しくなりますよ。



 セミファイナル当日の朝。かなではベッドから起き上がりしばしの間ぼんやりとしていた。地方大会の時と同じ、何かを見たというあの感覚。夢を見たということだけを覚えていて、やはりその内容はいくら思い出そうとしても取り戻せない。
 夏真っ盛り、太陽はそのほとんどを雲で覆われていたが、不快だと思うには十分な気温だった。
 四人で会場に向かいホールの前まで行くと、見慣れない光景が広がっていた。開場前にも関わらずたくさんの人がホールの前でたむろしている。あの時のように、観客は若い女性が中心だ。
「すごいなあ、コンクールにこんな人が来るなんて。張り切って演奏しないとだな」
「少しうるさい気もするけど。まあ、ブラボーポイントが稼げるならいいか」
 人の多さを素直に喜ぶトーノとソラ。かなでも彼らの演奏を聞いていなかったのなら一緒に喜べただろう。でも、今の自分にはその余裕はなかった。観客たちは嫌でも彼らと戦うのだとかなでを意識させ、お守り替わりの金色の弦を無意識に握りしめていた。


 あっという間に神南の一曲目が終わり、次はかなでたちの番だった。以前、一曲目を演奏しようとして冥加に呼び止められたことを思い出す。あの言葉のおかげで、かなでは少なからず平静さを取り戻すことが出来た。だが今日は冥加はおらず、舞台袖にいるのは函館天音のメンバーだけだ。観客席を見渡すが彼の姿は無い。それもそうだ。横浜天音はもうアンサンブルに参加することは無いのだから。
本音としては、冥加に演奏を聞いてほしかった。セミファイナルでなく、ファイナルに進めたなら彼は演奏を聞きに来てくれるだろうか? いずれにせよ、勝たなければ次はない。
 あれだけ練習したのだ。きっと、きっと大丈夫。
 音を外さないように、テンポをずらさないようにとかなでは弓に力を込めた。


 正直に言って、一曲目はあまりいい演奏が出来なかった。神南の演奏に引きずられまいと慎重になりすぎたのかもしれない。演奏を終えたかなでの手のひらはじっとりと湿っていた。
 神南高校の二曲目が始まり、またしても圧倒的な表現力がホール全体を支配した。若い女性ファンだけでなく、様々な観客が彼らの演奏に魅了されていく。
「流石だな。一曲目よりも随分気合いが入っている」
 その割には、ニアには余裕があるように見える。彼女だけではない。かなで以外の三人はいつもと変わらない様子でステージを見ていた。
「ほら、小日向。行こう」
 天音学園というアナウンスと共に、三人がしっかりとした足取りでステージへと上がる。だが緊張のせいなのか、進む先に霧がかかったようになりかなでは思うように動くことができなかった。手も足も震えている。
「小日向、早く」
 呼びかける声がして、かなではその方向に目を凝らす。ニアと、ソラと、トーノ。霧に霞むステージの上で、三人だけははっきりとかなでにも見えた。自分はけして一人ではない。三人を照らすスポットライトが、それを強く物語っている気がした。
かなでは一歩を踏み出し、三人の下へと向かう。もう、震えは止まっていた。


 函館天音が選んだもう一つの曲は、フォーレ作曲のシシリエンヌ。
 神南の演奏のようにわかりやすい山場があるわけでもなく、特別技巧が求められる曲でもない。どちらかと言えば地味な曲だ。
 みなとみらいで神南の演奏を聞いてから忘れそうになったが、これはアンサンブルの部門なのだ。自分一人躍起になっても音が浮いてしまうだけ。この四人ができる最高の曲、この四人だから弾くことのできる曲をかなでは選んだ。
 ゆったりとしたメロディが会場に響き、美しく、そしてどこか儚げな情景がホールを包んでいく。目を離したらその隙に消えてしまいそうな一瞬の幻のような音色に、会場が息を飲んだ。演奏をしているかなででさえ、少しでもバランスを崩せば壊れてしまうガラスの城の上に立っている感覚になる。
 一歩踏み間違えれば、向こう側へと落ちてしまう。
 天宮が言うように、かなではすでにあちら側へと足を踏み入れてしまっているのかもしれない。それでもかなでがこうして狭間にいるのは、三人の仲間と、そして彼のおかげなのだろう。
あの呪いの言葉が、かなでをこの人の世界に繋ぎ止めている。それがどんなに冷たく心に突き刺さるものであったとしても、かなでに過去があった、冥加との縁があったという証拠なのだ。
 二人を繋ぐものはそんな縁という生易しい言葉ではなく、枷の一部である鎖のようなものだったが、それがかえってかなでを安心させたのかもしれない。この呪縛は確かに存在したのだと、宙に浮いた状態であった自分を、その重みが地へと引き戻した。
 この鎖の先に何があったのかをかなでは知りたかった。鎖の先はまだ靄がかかっていて、その足を引き摺りながら辿るも一行に見えてはこない。鎖の先に何がつながれていたとしても、かなではそれを見なければならないと思ったのだ。
 最後の小節のデクレッシェンドが、霧が晴れていくように後を濁さず消えていった。しん、と完全なる静寂が訪れた後、割れんばかりの拍手がかなでたちを包んでいった。




10月ですね。
冥加さんの誕生日までにはこの連載を完結したいです

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