忍者ブログ

セヴシック

[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

スーヴニール
冥かな
慰めエンド後のちょっとした?ひと悶着


注意!
天宮に振られてからの冥加慰めエンド前提

個人比では甘め、だとは思いますがそうでないところもあります




スーヴニール




「冥加さんと二人でゆっくり練習なんて久しぶりですね」
「それは皮肉か?」
「違いますよ!」
冥加に向け、隣に立っていた少女が口を尖らせ、抗議の色を見せる。その顔でさえ、どこまでも愛おしい。
小日向かなで。
いつからか、彼女は自分の恋人になった。今でも、これは夢なのではないかと正気を疑うことがある。というのも、彼女は最初から自分に好意を寄せていたわけではない。
小日向は天宮を慕っていた。しかし、彼女の想いは天宮に届かなかった。
傷ついた彼女に近づき、自分を愛してほしいと願った。滑稽で姑息だと、自分でも思う。そんな姿をさらしてでも、彼女の心を手に入れたいと思ったのだ。
小日向は何も言わず、ただ自分の傍を離れていくこともしなかった。しばらくの年月が経って、彼女は冥加の手をとって笑った。
「そも、多忙なのはお互い様だろう」
「ですから、単に嬉しいってことですよ」
小日向は星奏学園の大学に進み、冥加は学生という肩書は無くなったものの、ヴァイオリニストや天音学園の理事長、それに連なる店の経営など何足もの草鞋を履き、二人が会える時間は多くはなかった。
だからこそ、冥加にとって小日向と音を重ねることは何よりも至福の時間であった。夢中になればなるほど、そんな時間はあっという間に過ぎ去っていく。
「そろそろ時間ですね」
名残惜しそうに小日向がヴァイオリンケースを開く。ケースの中には、あの金色の弦がいつものようにしまわれていた。
「あっ」
カランと音を立てて、小さな入れ物が冥加の足元に転がった。落ちた拍子に蓋が空いてしまったその中身は、とうに使い果たした松脂だった。
「いつまでもゴミを処分しないのは感心しないな」
それを拾いあげ、ゴミ箱へと手を伸ばす。
「ダメ!」
小日向の大きな声に虚を突かれ、冥加は一瞬その場に固まった。しまったという顔をし、彼女は小さな声で取り繕う。
「ごめんなさい。自分で何とかしますから」
違和感に襲われ冥加は手の中にある松脂を見た。これを以前も見たことが無かったかと頭を辿る。思い出すのに、さほど時間はかからなかった。
冥加が小日向に告白したその後、年が明けてから少し経った日に練習に誘われた。天宮はもう海外へと言ってしまったのかと聞かれ、冥加は複雑な面持ちでそうだと答えた。彼女は少し寂しそうな顔をした。そして、天宮からもらったという比較的新しい松脂を冥加に見せた。
この松脂を全部使い切り、天宮にそれを突き付けてやる。天宮が霞むようなヴァイオリニストになって、どうだと見返してやると、小日向は笑った。
自分が選んだ道とは言え、こうも堂々と想っていた男の話をされ、冥加は苦虫を噛み潰したような気分になったのを覚えている。だがそれ以降、小日向はパタリと天宮の話をしなくなり、冥加の苦い感情も徐々に薄れていった。
薄れていただけで、忘れていたわけでは無かったが。
胸がざわつき、松脂を持った手に力が入る。これは間違いなくあの時の松脂だ。天宮が小日向に贈ったという、あの。
「冥加さん? それ、貸してください」
小日向の申し出を黙殺し、手の中の松脂に忌々しく視線を送った。
「どうしてこんなものを後生大事に持っている?」
彼女からの返答は無く、二人の間をいつもとは違うざらざらとした沈黙が流れた。
小日向は大切なものを取っておく傾向にある。あの金色の弦を誰からもらったものとも知れず持ち続け、自室には冥加からの贈り物が色あせてなお飾られている。
だとすればと、一つの疑念が膨らんでいく。まっさらな紙に墨をこぼしたように、それは白を染め上げていく。小日向は、未だに天宮のことを。
嫉妬。黒く滴るその激情が、冥加の身体をその深部から沸騰させる。こちらの心はすべてを彼女に捧げられている。だから、彼女の心すべても欲しいと願った。しかし心すべてどころか、今も彼女は、本当は天宮を想っているのだとしたら?
それは最初からわかっていたことのはずだった。心に空いた穴の埋め合わせでもかまわない。それを覚悟して、己のすべてを明け渡したのだ。うぬぼれていたのは自分だ。あの時から、あの勝利を譲られた日から、冥加が彼女に相手にされていなかったことは明らかだったというのに。たまらず、冥加はおかしくなった。
「所詮は妥協ということか。寂しさを埋めてくれるなら誰でも良かったのだろう」
小日向が驚いた顔をしてこちらを見た。
「そんなに天宮が恋しいか?でも残念だったな。俺はおまえを解放してやることなどできないと言ったはずだ」
青ざめてくれればいい。憎しみを向けてくれればいい。ここで手放して、忘れ去られてしまうよりもずっと楽だ。一番酷なのは忘却だと冥加は知っていた。
だが小日向は表情を青くすることも無く、冥加との間合いを詰める。先ほどの罰の悪そうな顔も消えていた。彼女が時折見せるヴァイオリンを構える時のような、真っ直ぐに何かを見るその目がこちらを射抜く。
「誤解を招くようなものを持っていたことは謝ります。でも」
その瞳に貫かれ、目を離すことができない。
「私はそんなに信用できませんか」
信用という問題では無かった。おそらくこれはただの欲だ。この目にはお前しか映らないから、同じだけ自分を映してほしい。小日向の瞳に映る自分の姿を見てもなお、冥加の心は休まることは無い。
「口先でなら、どうとでも言える。別に俺はお前に信用されようがされまいが構わん。それでもお前を離さないだけだ」
願望を隠し、執着だけを口にする。そんな言葉にも小日向は動じなかった。
「じゃあ、そこに座ってください」
「なぜお前に指図を受けなければならない」
「色々、話したいことがあるので。長くなりそうですし」
そう言って小日向は自らがソファに腰かけた。さすがにそこに意地を張るのも馬鹿らしくなり、冥加は少し離れた場所に座った。
ピリピリとした緊張感が部屋を包み、しばしの静寂の後、声が聞こえた。名を呼ばれ、意図的に逸らしていた視線を声の方に向けた。小日向はソファから立ち上がり、冥加の目の前までやってきた。その顔は何かを決心したようで、それでいて少し赤らんでいて。すべてを観察し終わる前に、冥加は小日向に唇を奪われていた。
何が起こったのか理解できず、冥加はされるがまま硬直していた。唇が離れると、小日向は顔を真っ赤にして言った。
「信用していただけましたか」
あまりにも唐突すぎて、頭が追い付かない。返答が無いのを不服と捉えたのか、小日向はなおも続ける。
「足りないですか。あの、その…冥加さんがその気なら、その先も」
その言葉を言われる前に、冥加は小日向を抱き寄せ続きを遮った。意志とは裏腹に緩んでいく顔を見られたくなかった。
「あの、冥加さん」
「少し黙っていろ」
今この女を野放しにしては、こちらが持ちそうになかった。自分と同じだけの想いではないとしても、彼女の心は自分を向いているのだと、そう思ってしまってもいいのだろうか。そんな疑念を振り払うように、小日向は冥加の背中に手を回した。
しばらくして、小日向が思い出したように身じろぎした。
「そういえば、お時間大丈夫なんですか」
「お前が心配するようなことじゃない」
何より、この心地よい沈黙と、腕の中の温もりを手放したくなかった。
「あの、松脂、どうするんですか」
その問に鈍く痛みが走った気がしたが、確かにそこにある温かさがそれを溶かしていく。
「どうしたいんだ?」
自らの喉から出た声は、とても穏やかだった。
「やっぱり、捨てます」
「それでいいのか」
 胸に埋められたその表情は見えない。
「はい。……ごめんなさい、私、全然気遣いが足りないですよね」
「お前が浅慮だということはずっと前から知っているさ」
「どういう意味ですか」
 抗議のつもりなのか、小日向は冥加の胸板に頭突きをした。
「あの金色の弦も、この松脂も、今私がここにいることを見守ってくれたというか」
 冥加から身を離し、小日向は顔をこちらに向けた。
「冥加さんと今こうしていられるのも、過去にあったすべてのことのおかげなのかなあと思いまして。だから、全部全部、思い出の品なんですよね」
 照れるでもなく冥加の目を直視し、小日向は言葉を続ける。
「でも、思い出ってそういうものじゃないですよね。ものじゃなくて、でも確かにここにある。……だから、もう大丈夫です」
 過去に起きた出来事すべてが今ここにいる現実を形作っている。確かに、小日向の言う通りなのだろう。幼い頃の出会いと、そしてコンクールで再会したこと、彼女の主宰する合奏団で共に演奏したこと。そのどれかが欠けていれば、こうして触れ合うことも無かったのかもしれない。小日向が天宮に惹かれたのも、その過去の内に含まれている。
「今、冥加さんとここにいるのは思い出じゃないですから。私は、今を大事にしたいです」
 自分はこれから先も、彼女にとって今を共に生きる者となれるだろうか。
「俺は、お前を思い出になどしない」
 あのヴァイオリンの音色を聞いた時から、冥加にとって彼女は自分を縛り続ける“今”なのだ。もう、手放す気もさらさらない。
 首を傾げる小日向を、冥加はもう一度抱きしめた。
 


拍手

PR

コメント

コメントを書く