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セヴシック

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茨の森 20
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函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。




「対峙」



「うん、いい感じだな!」
「……まあ、いいんじゃない」
 屋上庭園での何度目かのアンサンブル練習、かなで達はようやく手ごたえをつかむことができた。
「今の感じ、忘れないようにしたいね」
「ああ、もう少し余韻に浸りたい気分だ」
 ファイナルまで後数日ということで、四人は以前よりもアンサンブル練習に力を入れていた。最初のBPさえ稼げればいいという雰囲気はほとんど無くなり、誰もが優勝したいという気持ちを持っているように思えた。
 だがどちらかと言うと、優勝したいというよりはこの日々を終わらせたくないという方が強いのかもしれない。
「じゃあ、ぼちぼち帰ってご飯にするか」
「僕、今日ピロシキ食べたい」
「ハラショーに寄っていこう。私もアイスが食べたい」
 かなで以外の三人が楽器をしまい始めたが、かなでは傾いた太陽を見ながらヴァイオリンを握り続けていた。
「小日向?」
「私、後もう少しだけ練習していくね」
「それなら付き合おうか?」
「ううん、本当にちょっとだけだから。みんなは先に帰ってて」
 三人は顔を見合わせ、そして言った。
「あんまり熱中しすぎるなよ。夕食の時間遅くなるの嫌だし」
「そうだぞ、小日向。私も今日のカレーが楽しみだったんだ」
「うん、二人の言う通りだ」
「大丈夫、すぐ帰るから」
 かなでは手を振って三人を見送った。

 三人を送った後、かなでは一息ついてヴァイオリンを構えた。アンサンブルの練習であれば残ってもらったのだが、かなでが演奏したかったのはコンクール用の曲ではなかった。それなのに付き合ってもらうのは申し訳なかったし、そして曲を聞かれるのが気恥しかった。
 コンクールのためでなく、かなではただ想いをのせてヴァイオリンを弾いた。まだ口にすることのできない不確かな形の想いを、その曲に託して。
 演奏を終えると、パチパチと拍手が聞こえた。誰もいないつもりで弾いていたかなでは思わず赤面する。拍手が聞こえた方向に頭を下げようとして気づいた。そこに居たのは、アレクセイだった。
「ブラボー。美しい音色でした。小日向サン」
 何でもない白のスーツがそこだけ浮いて見える。同じ白だというのに、横浜天音学園の制服の白とはまるで違う気がした。
「あ、ありがとう、ございます」
 前に会った時の記憶が蘇り、体は一刻も早く逃げたいとヴァイオリンを素早くしまった。
「緊張しなくて大丈夫デスよ」
 あれから考えていたことがある。冥加に記憶が戻ったことを報告したように、アレクセイにも何か話さなければならないのではないか。記憶を失くしたきっかけとはいえ、アレクセイが函館天音学園へと誘ってくれたおかげでこうしてかなではまたヴァイオリンと向き合うことができたのだ。前回何も言えず立ち尽くしてしまった。だから今日は、彼としっかり話さなければならない。おそらくそれは、自分と向き合うことにもなるだろうから。
「あの……この前はすみません。逃げだしてしまって」
 アレクセイは笑みを浮かべたまま少しだけ目を開いた。
「アレクセイさん。私を函館天音に入学させてくれて、ありがとうございました」
 手放そうとしたものの代償は大きかった。痛みも伴った。でも、かなではそれ以上のものを見つけられた気がする。白いスーツの周りのバラが、今はちゃんと見えるようになっていた。
「ヴァイオリン、楽しいです」
 アレクセイは一瞬驚いた顔をしてそしてすぐにまたいつもの笑顔に戻る。
「それは良かった。……イイですネ。それでこそ――」
 風が吹いたわけでもなしに、バラの花びらがはらりと複数落ちた。屋上庭園に風は無い。あるとしても温度を管理するための僅かな送風だけだ。
「小日向かなで!」
 ふいに名前を呼ばれ、かなでは驚いて振り返った。その先にいたのは冥加だった。
「冥加さん?」
「おや、玲士クン。そんなに慌ててどうしたんですか?」
 いつも以上に険しい表情をした冥加が、こちらに近づいてくる。
「小日向、来い」
「え? あの、冥加さん」
 いきなり手首を掴まれ、冥加は焦ったようにその腕を引いて歩き出す。普段と様子が違う冥加に戸惑い、かなではなされるがままにその足取りについていった。掴まれた手首に痛みはなく、かなではただその手の大きさに感心していた。
 冥加は理事長室のドアを開け、そして素早く閉めた。その際に手首は離され、かなではそれが名残惜しいと感じた。だが彼のいつもより眉間に皺を寄せた顔を見て、淡い気持ちを奥にしまった。
「冥加さん、私……何かしちゃいましたか?」
「アレクセイと何を話していた」
「えっと、その……お礼を言っていたんです」
 裏側まで突き刺さるような視線を向けられた。
「色々ありましたけど、函館天音学園に行けたのはアレクセイさんのおかげなんです。こういう体験をしたからこそ、もっとヴァイオリンが好きになったというか――」
 咎めるような冥加の目に、かなでは言い訳のように言葉を重ねた。何故冥加が機嫌を悪くしているのかはわからないが、彼の心象を悪化させたくは無かった。
「今後はあいつとは関わるな」
「え? でも」
「あの男は危険だ。あいつは、おまえの……」
 冥加はそこまで言って頭を振った。
 どうやらかなでが何か冥加を害したわけでは無いようだ。ほっとしつつも、冥加の表情が苦しそうでかなでは口を噤んだ。彼とアレクセイの間に何かあったのだろうか?
 元々冥加とアレクセイはただの養父と養子という生ぬるい関係ではないことは知っていた。あの7年前のコンクールで、それを聞いてしまったからこそかなでは冥加に喜んでほしかったのだ。
「貴様は、どうして……」
 冥加の手が一瞬伸びて、そして何にも触れることなく下がった。
「……急にすまなかった。帰るといい」
「あ、は、はい」
 冥加はかなでから目を外し、窓の外を見た。つられてかなでも外を見たが、反射のせいか外の様子は暗くなっていることしかわからず、窓には自分と冥加が映っていた。


 アレクセイと小日向が話しているのを見て、何故だか胸がざわついたのだ。無意識に冥加は走り出していた。
「小日向かなで!」
 名前を呼ばれ、小日向は驚いたように振り返った。
「冥加さん?」
「おや、玲士クン。そんなに慌ててどうしたんですか?」
 軽口に乗るのも馬鹿馬鹿しく、冥加はアレクセイを睨んだ。
「小日向、来い」
「え? あの、冥加さん」
 戸惑う小日向の手首を掴み、冥加は足早にその場から離れていく。小日向は抵抗することもなく、何も言わずに歩いていた。手首を引いているせいで、その表情までは見えなかった。
 理事長室のドアを開け、冥加は掴んでいた手首を離した。
「冥加さん、私……何かしちゃいましたか?」
「アレクセイと何を話していた」
「えっと、その……お礼を言っていたんです」
つくづくおめでたい女だと思う。記憶を失くした元凶を作ったとも言える存在にお礼を言うだと? 理解できないと冥加は無意識に眉間に皺を寄せた。
「色々ありましたけど、函館天音学園に行けたのはアレクセイさんのおかげなんです。こういう体験をしたからこそ、もっとヴァイオリンが好きになったというか――」
 慌てた様子で喋る小日向の言葉を遮るように冥加は言い放った。
「今後はあいつとは関わるな」
「え? でも」
「あの男は危険だ。あいつは、おまえの……」
 マエストロフィールドの種を狙っている。そう言おうとして、唇を噛んだ。妖精だのなんだの、否定していたのは自分だというのに非現実的なことを言っても小日向は納得しないだろう。それに信じたところでどうにかできる相手でもない。
 今はいい。この横浜天音の理事長だとしても、実権を握っているのは自分だ。だが函館天音に行ってしまえばいくら冥加といえどアレクセイの行動を制限することはできない。
 コンクールが終われば、小日向は函館へと帰ってしまう。その後、小日向はどうなる? この様子から察するに、彼女は微塵もアレクセイを警戒していない。むしろ好感を持ってさえいるのかもしれない。用心したとしてもしきれない相手だ。小日向は確実に奴の歯牙にかかる。最悪な状況を想像しそうになり、冥加は頭を振った。
 7年の末やっとあの音色が戻りつつあると言うのに、またそれを失うというのは考えるだけで耐え難い。やはり、小日向を救うには横浜天音を明け渡すしかないのか。
「貴様は、どうして……」
 繰り返しになるその言葉を冥加はすんでのところで飲み込んだ。最近はそのことばかりが頭を過ぎる。どうして函館天音にいる。よりによって、あの学校に。
 その手が彼女に触れようとして、はっとしてそれを引っ込めた。
「……急にすまなかった。帰るといい」
「あ、は、はい」
 これ以上小日向を見ていると、得たいの知れない感情がわいてくるようで冥加は目を逸らした。たまたま逸らした先にあった窓には、部屋の片隅にいる反射した二人の姿が映っていた。

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