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セヴシック

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茨の森 24
25話←  茨の森24話  →23話  →→→1話
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。



「ファイナル2」



「流石にうまいな」
 そう言いながら、トーノは穏やかな笑みを浮かべた。
「まあ、確かに」
 星奏学院の二曲目の演奏が終わり、拍手が会場を埋め尽くした。興奮気味のブラボーという声もあちこちから聞こえてくる。かなでは満足そうに観客に応える星奏学院の四人を見つめていた。
 素晴らしい演奏だった。それでも、かなでたちか響也たち、どちらかが負ける。
 コンクールは勝ち負けを決めるもの。明確な基準のない音楽に評価をつけるもの。でもだからこそ、コンクールにおいて素晴らしい演奏が生まれるのかもしれない。勝ちたい、負けられない、勝たなくてはならない。自分の音楽を聞いてほしい、認めてほしい。様々な思いがコンクールにあることを、今のかなでは知っていた。
「いよいよだね」
 響也たちが去ったあと、ホールは一瞬にして静けさを取り戻した。ステージにはピアノだけがあり、そこだけが違う世界のように照らされている。
「いっちょやりますか!」
「そうだな」
 ニアとソラが同時に返事をして、かなでとトーノは思わずふきだした。二人はお互いを睨んで、すぐに顔をそむける。
「ほら、行くよ」
 顔を少し赤くして、ソラはステージへあがるのを促した。
「うん」
 四人は並んでステージへと向かい、その世界へと足を踏み入れる。ピアノ、チェロ、フルート、そしてヴァイオリン。それぞれが楽器を構え、顔を見合わせる。そして、最後の演奏を彩る最初の音がフルートによって奏でられ、次々に他の楽器もその旋律に重なっていく。
 庭の千草、元はアイルランドの民謡であるこの曲は、季節の終わりに咲き一人寂しく残った花を嘆く曲であるという。花は散ればその一生を終える。音楽も、動きをやめれば止まってしまう。音楽も花も、留めてはおけない。この一瞬は一瞬でしかないけれど、それでも、確かに未来へとつながっていくのだ。花は散り種を残していく。音楽は人の思いの中に残る。このコンクールで終わりではないのだ。それが、かなでには何よりも幸せに思えた。
 この演奏を聞いた誰もが、この音を覚えていてくれたらいい。幸せな気持ちに、少しでも音楽を好きになれたらいい。この思いが誰かに届けばいい。できるのなら、あの人にも――

 ああ、ようやくと、冥加は顔が緩むのを抑えきれなかった。自分が真に望んでいたもの、それはあの音をもう一度聞くこと。そして、その音を持つ彼女ともう一度競うこと。あの日受けたものが傷だけでは無かったことを、冥加は思い出せたのだ。
 ヴァイオリンが、音楽が好きだと、小日向の音色は雄弁に語った。愛を司る女神のように、会場全体を包み込み、その愛情で満たしていく。七年の時を経て、彼女は以前よりも深い愛を、愛に付随する悲しみ、切なさ、痛みまでも愛として聞く者を魅了した。
 古代の女神のような白い衣服をまとい、小日向は優しく微笑んだ。それがマエストロフィールドによるものなのだとわかっていながら、冥加は手を伸ばさずにいられなかった。
 演奏が終わった直後、悲鳴のようなブラボーという声、割れんばかりの拍手が会場を包んだ。だが冥加はただ席に座り、音の余韻にその身を任せていた。賛辞を浴び舞台袖へと姿を消す小日向を見て、冥加は腰を上げた。
 あの男との取引を終わらせなければならない。
 携帯を取り出し、番号を押す。まるでわかっていたかのように、電話の相手はすぐに反応した。
「やあ、玲士クン。取引の件は――」
「今夜、横浜天音の聖堂で待っている」
「どうやら、覚悟は決まったようですネ。……では、また」
 必要最低限の会話だけを交わして冥加は電話を切り、誰もいないホワイエでホールへと続く扉を見つめた。しばらくして、ホールの中から歓声が聞こえた。おそらく、ファイナルの優勝校が決まったのだろう。そのざわめきを背にして、冥加は会場を後にした。

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