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セヴシック

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茨の森 23
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函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。


「ファイナル1」



 ここ数日と同じように、雲は太陽をけして見せまいと厚く空を漂っていた。早朝ということもあるだろうが、しとしとと降る雨があたりの音を遮断しているかのように静かだった。
 かなではしばらくベッドに腰かけ窓の外を眺めていた。細かい雨なのだろう、霧がかったように白く霞む景色を見て、妖精の住む深い森の中にいるようだと思った。
 急に不安になり、かなではヴァイオリンケースを開け中にある金色の弦を取り出す。細くても確かな感触を持つその弦を、胸の前でそっと握りしめた。
 かなでがリビングに出てそうたたないうちに、ニア、トーノ、そしてソラが起きてきた。四人で分担して朝食を作り、朝だと言うのにいつもよりにぎやかに食卓を囲んだ。
「これ、ソラが巻いたのか?」
「何、文句でもあるの」
「私はかわいいと思うよ」
 マーブル色をした、外側が少し破れた玉子焼きはほんのり甘い。
「そうか? 私には不格好に見えるが」
「うるさい。……この味噌汁だって味薄いと思うんだけど」
 ニアが担当した味噌汁からは出汁のいい匂いがする。
「確かに、もうちょい濃くてもうまいかもなあ」
「やれやれ、男どもは出汁の風味もわからないようだ」
「そうだよ。あんまりしょっぱいとお出汁の味がわかんなくなっちゃう」
「薄味だと食べた気にならないんだよ」
「うるさい男だ。小日向、味にうるさい奴にろくな男はいない。気を付けるんだぞ」
「僕は一般的な意見を言ってるだけだ」
「仲いいなあ、二人とも」
「良くない」
 二人の声が揃うのを聞いて、かなでとトーノは顔を見合わせて笑った。
 朝食を食べ終えた後、まだコンクールには時間があり四人はリビングで白く濁る外の風景をぼんやりと見ていた。雨は降り続けていて、次第に口数は少なくなった。ニアは机に頬杖をつき、ソラはソファの上でクッションを抱きかかえていた。トーノはソラの横でコンクールのパンフレットを開いている。不思議と、この沈黙が心地よかった。
「静かだな」
「ほんと。まだみんな眠ってるみたい」
「そう、だな」
「……僕らも、夢の中にいるかもしれないな」
「夢、か……」
 ひどく遠い目をしたソラの前に立ち、かなでは何も言わずに頬をつねった。
「は? 何するんだよ」
「ほら、夢じゃないでしょ?」
「ハハ、小日向さんの言う通りだな」
「……わかってるよ、そんなの」
 ソラのいう事もわからないわけでは無かった。この夏の日々は、そのきっかけからしておとぎ話のようだったと思う。だが、記憶を取り戻したことで、これは現実なのだとはっきり言うことができる。
「優勝しようね」
「ああ、頑張ろうぜ」
「できたら、な」
「君が言うなら尽力しよう」
 外の雨が、少しだけ弱まった気がした。
 四人でコンクール会場に向かった。空は相変わらず機嫌が悪い。
「かなで?」
 エントランスに入ってすぐ、耳慣れた声が聞こえた気がしてかなでは周囲を見回した。様々なコンサートのポスターが貼られた壁のすぐ近くに、かなでたちと同じく四人の高校生のグループが立っている。そこにいたのは、かなでの幼馴染である如月響也と如月律だった。
「響也、律くん」
「……かなで!」
 がらんとしたエントランスに声が響いた。かなでを確かにその目で認めたのか、響也はこちらに走ってくる。律もその後ろを歩いてきていた。
「お前なあ、心配させやがって……連絡くらいよこせっての!」
「ご、ごめん」
 響也は本気で心配していたようで、早口に小言をまくしたてた。長野にいたころと変わらずに接してくれる彼に、かなでは笑った。
「何笑ってんだよ」
「ありがとう、響也」
「べ、別に礼を言われることはしてないだろ」
「小日向、コンクールに出ていたんだな」
「そうなの。もしかして、律くんたちがファイナルの相手?」
 ファイナルの相手が星奏学院と聞いて、どこかで聞いたことがあると思ってはいたのだ。記憶を取り戻した前後で、なんとなく流していたが名前に覚えがあったのは偶然ではなかった。
「ああ」
「って、そういや響也はなんでここに?」
「お前がいなくなって心配だからとか言って転校させられたんだよ」
 三人はお互いの近況を手短に話した。律はともかく、響也はあんなにも近くにいたのだ。再会がまるで一年ぶりのように感じられた。響也の姿も、声も一か月前は毎日のように聞いていたというのに、かなではどこかその声を懐かしいと感じた。
「てか、マジで決勝の相手、お前なんだな」
「私は全力で勝ちに行くよ。響也にも、律くんにも負けないから!」
 響也は驚いたような顔をして、律は穏やかに笑った。
「俺達も全力で挑む。正々堂々、良いコンクールにしよう」
「うん」
「小日向、少し雰囲気が変わったな」
「そう?」
「ぼやぼやしてて函館行ったとか、全然変わってないけどな」
「響也には聞いてない」
「少し、大人っぽくなったと思う」
「元が小学生みたいなもんだし」
「響也!」
 かなでが反論をしようと声をあげたとき、星奏学院の生徒が律と響也に声をかけた。
「如月部長、響也先輩、そろそろ時間です。行きましょう」
「ああ、すまない。小日向、次はステージで会おう」
「うん」
「ま、お前が元気そうでよかった。……なんかあったら連絡しろよ?」
「ありがと」
 そう言って二人を見送った。響也と律、そしてもう二人はホールの中へと消えていく。かなではぼんやりと二人の背中を見ていたが、彼らは振り返らなかった。
「随分と仲が良さそうだな?」
「昔からの幼馴染なんだ。ホント、それだけだから」
「感動の再会というわけか」
「ほら、話は終わったんだろ。僕たちも行くよ」
「うん」
 仲間たちの表情は、いつもと変わらない。それに少し安心して、かなではヴァイオリンケースを少しだけ強く握りなおし、ホールへと向かった。
 すべての準備を整え、かなでたちは舞台袖で観客席を見ていた。席はほぼ埋まっていて、観客はパンフレットを眺めながらコンクールの前の緊張感を楽しんでいるように見えた。かなでも緊張がないわけではなかった。だが、それは今から大勢の人たちに自分の音を聞いてもらえるという高揚が勝っていた。
「小日向、弦を張り替えたのか?」
 ニアに指摘された通り、ヴァイオリンの弦は一つだけ金色をしていた。
「これね、お守りなんだ。ずっと昔に貰った、大事なものなの」
 彼から貰った、かなでを支え続けてきたとても大切なものだ。
「……ニア、ソラ、トーノ。ありがとう」
 唐突に名前を呼ばれ、ソラとトーノは驚いた顔をした。
「は? 急にどうしたわけ」
「ありがとうって言いたくなったの。私と演奏してくれてありがとう」
 開演を知らせるベルが鳴り響いた。観客席の照明もゆっくりと消えていき、ステージを浮かび上がらせる。
「それを言うなら俺もだよ、小日向さん」
「終わった後みたいなこと言うのやめてくれる?」
「そうだぞ、小日向、トーノ。まだ演奏もしていない」
「それもそうか」
「じゃあ、終わった後にまた言うね」
「もういいよ、一回で」
 函館天音学園、とアナウンスが告げる。いよいよ、出番だ。
「じゃあ、行こうか」
 まるで散歩にでも行くかのような足取りで、四人はステージへと歩いて行った。

「なあ、律」
「どうした響也」
「かなでの音ってあんなふうだったか?」
 今のかなでが弾く音は、響也が彼女と共にいた頃のものと似ているようでどれも違っていた。
「音程が昔よりかなり安定している。移弦もぎこちなさが減ったな」
「そういうんじゃなくて」
「それと、音が少し力強くなったような気がする」
「……やっぱそう思うよな」
 いなくなる前のかなでの演奏は、どこか大人しく何か遠慮しているのが拭えない、はっきりとしないものだった。でも今の音は、淡く儚い色を見せながらも意志を確かに感じさせる。
「良い仲間を見つけたのかもしれないな、かなでも」
 普段表情を崩さない律が、目を細めて笑っていた。響也はもう一度、ステージの上に立つかなでを見る。見慣れない黒の制服を着て、彼女はこの夏にできたのであろう仲間たちと息の合った演奏を続けていた。
「アイツ、楽しそうだ」
「ああ」
 ヴァイオリンを弾くのが辛そうだと思ったのはいつの話だっただろうか。かなではけしてヴァイオリンを離そうとはしなかったが、思い悩んでいたことは事実だったように思う。今の彼女は、真剣な顔をしながらも笑っていた。スポットライトに照らされた笑顔は、いつも見ていたものよりもずっと眩しく見えた。

 函館天音の演奏が始まる直前に冥加はホールに到着し、急いで客席を目指した。そして一番後ろの席に腰を下ろした。本当ならもっと音響の良い場所を選びたかったが、席を探すには時間が足りなかった。
 一曲目の曲は亡き王女のためのパヴァーヌ。地方大会でも弾いていた曲だ。フルートが初めに美しく主旋律を歌い上げ、観客を一気にマエストロフィールドへと引き込む。地方大会では現れなかったマエストロフィールドがその情景を広げた。幼い頃に誰もが思い浮かべた、夢のようなおとぎの国。幼子が母に抱かれる柔らかさをもって、風景は優しく郷愁を誘う。
冥加も、幼き日の幻を見た。あの七年前のコンクールだ。それは忌々しい記憶だったにも関わらず、穏やかに冥加の前を流れていく。今ステージに立つ小日向と、あの日の彼女が重なり、その手にあるヴァイオリンの弦がきらめいて見える。
 冥加は鼓動が早くなるのを感じながら、食い入るようにそれを見つめた。
 あの、弦は。
 少女がこちらを向いて会釈をする。それでようやく、冥加は演奏が終わったことに気づいた。ステージにいるのはあの日泣いていた少女ではなく、横浜天音と色違いの制服を着た小日向かなでだった。
 その後ヴァイオリンの弦を見る機会は無かったが、大方照明の光がうまい具合に反射し、弦が光って見えただけだろうと冥加は一人言い聞かせた。だが彼の耳にははっきりと、その弦が奏でた音が残っていた。

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