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コルダ3の天宮ルートでアレクセイについていってしまった5年後ぐらいの話。
シリアス
天宮×かなでという感じでもないです。天→かな風味。
天宮ルートをあの段階まで進めている前提ではあります。
シリアス
天宮×かなでという感じでもないです。天→かな風味。
天宮ルートをあの段階まで進めている前提ではあります。
後悔
「セイ、今日はイマイチでしたネ」
「……すみません、先生」
「次の演奏に期待していマスよ」
コンサート後の舞台袖、他の団員達が片付けに忙しそうにしている中、そう言って去っていくアレクセイを見つめて天宮は立ち尽くした。自分でも、今日の演奏は不本意なものだった。今日の曲はピアノがあまり目立たないものであったからオーケストラの方がカバーしてくれたが、他の曲であればそうは行かなかっただろう。
「ほら、お前も片付けろよ。まあ、上手くいかない日もあるさ」
オーケストラの一人が気にするなというように天宮の肩を叩いた。
「はい。……ありがとう、ございます」
天宮は笑顔を作った。強い力で叩かれたわけでもないのに、肩に力が入らない。
「まだまだ彼も若いな」
「可愛げがあるじゃないか」
聞こえてきた声に苦笑しながら、天宮は舞台袖を後にした。
「……すみません、先生」
「次の演奏に期待していマスよ」
コンサート後の舞台袖、他の団員達が片付けに忙しそうにしている中、そう言って去っていくアレクセイを見つめて天宮は立ち尽くした。自分でも、今日の演奏は不本意なものだった。今日の曲はピアノがあまり目立たないものであったからオーケストラの方がカバーしてくれたが、他の曲であればそうは行かなかっただろう。
「ほら、お前も片付けろよ。まあ、上手くいかない日もあるさ」
オーケストラの一人が気にするなというように天宮の肩を叩いた。
「はい。……ありがとう、ございます」
天宮は笑顔を作った。強い力で叩かれたわけでもないのに、肩に力が入らない。
「まだまだ彼も若いな」
「可愛げがあるじゃないか」
聞こえてきた声に苦笑しながら、天宮は舞台袖を後にした。
全国学生音楽コンクールでの演奏を捨て、アレクセイについていくことを選んだ天宮は今、アレクセイお抱えの楽団のピアノを担当している。
彼と共に海外へ来てすぐは主にゲストとして参加することが多かったのだが、活動を重ねていくうちに実力が認められたのか、最近になって常任のピアノとして楽団に入ることになったのだ。あの人生の岐路から、約5年が経っていた。
コンサートホールから帰り、天宮は自宅の扉を開けた。殺風景な部屋が天宮を迎える。部屋の中に入ると、数少ない家具であるテーブルの上に置いてあるチラシが目に入った。これが、今日の不調の原因だった。
チラシはよくあるコンサートを宣伝したものだ。楽団の名前と、曲目、会場、どこにも真新しい要素は無い。小日向かなで、そう書かれた部分以外は。今日会場入りした時に見つけて、思わず手に取ってしまった。一週間後、彼女は同じ会場で演奏を行う。すなわち、彼女はこの周辺に滞在するということだ。このコンサートホールは規模が小さく、あまりアレクセイは好んで使わない。年に1、2回地方巡業のように訪れる程度なのだ。だからそのチラシを見つけたことにも、彼女がここで演奏するということにも驚いてしまった。
彼女に会えるかもしれない。会ってしまうかもしれない。そのどちらに動揺したのかは天宮にもよくわからなかった。
コンサート前から何も食べていなかったが、天宮は特に空腹を感じてはいなかった。むしろ食欲は無い。このままシャワーを浴びて寝てしまおうとも考えたが、再来週にも大事なコンサートがあることを思い出しとりあえず何でもいいから腹を満たそうと冷蔵庫を開けた。中には数少ない総菜とザッハトルテが並んでいる。総菜を温めるのも面倒で、天宮はザッハトルテを取り出した。コーヒー用にケトルもセットする。
フォークでザッハトルテを崩しながら食べた。甘いチョコレートの味が口の中に広がった。チラシの裏には小日向かなでについてのざっとした紹介が書かれていた。現在は日本の音楽大学に通いつつ、海外にもその活動を広げている期待の新人。小さく載せられた彼女の写真には、昔のあどけなさを残しながらも大人の女性へと変わりつつある笑顔が映っていた。最後に彼女の笑顔を見たのはいつだったか、すぐには思い出せなかった。
ザッハトルテを食べ終わり、甘ったるい口の中をコーヒーで流した。甘いものを食べた直後だからか、コーヒーはいつもより苦かった。
腹ごしらえを終えてシャワーを浴びながら今日の演奏について反省した。いつもはできていることが出来なかった。良くも悪くも安定している自分の演奏が乱れた。それを必死で取り繕いはしたが、それをごまかせるほど甘い場所で弾いているわけではない。
この不安要素をどうにかしなければならない。天宮はそう思った。彼女はおそらく今後もヴァイオリニストとして活動を続けていくはずだ。いちいちその影に怯えていては仕事にならない。
自分は彼女の影に怯えているのだろうか。
天宮はシャワーを止め、水を滴らせたまましばらく考え込んでいた。
バスルームから出て髪と体を拭いた。シャワーを止めていた時間が長かったせいか、髪は比較的すぐに乾いた。寝間着を身に着け歯を磨いた後はすぐに寝室へと向かった。明日も練習の時間は早いのだ。ベッドに入って目を瞑るが、なかなか眠りは訪れなかった。代わりに脳裏をよぎったのは小日向かなでの演奏だった。
彼女は今、どんな演奏をするのだろう。もしもまた共に演奏できるなら、あの曲を弾きたい。随分と都合がいいと天宮は自嘲した。何も言わず彼女の前を去った自分にそんなことが許されるはずがない。彼女は自分を恨んでいるだろうか? それでも、もし許されるなら。初めて彼女と合奏した時に現れた風景を思い出す。なだらかな小麦畑、頬を撫でる風の匂い、嬉しそうに手を振る懐かしい人。そんな優しい情景に包まれながら、天宮は眠りに落ちて行った。
彼女は今、どんな演奏をするのだろう。もしもまた共に演奏できるなら、あの曲を弾きたい。随分と都合がいいと天宮は自嘲した。何も言わず彼女の前を去った自分にそんなことが許されるはずがない。彼女は自分を恨んでいるだろうか? それでも、もし許されるなら。初めて彼女と合奏した時に現れた風景を思い出す。なだらかな小麦畑、頬を撫でる風の匂い、嬉しそうに手を振る懐かしい人。そんな優しい情景に包まれながら、天宮は眠りに落ちて行った。
目覚ましの音で目が覚めた。ぼんやりとした視界の中、天宮は現在の時刻を確認する。練習は確か10時から。今は8時で、移動は30分ほどであるから9時半ごろに出発すれば大丈夫だろう。
顔を洗い簡単な朝食を食べ、歯を磨いて服を着た。だがまだ30分ほど時間があった。なんとなく、天宮はピアノの前に立って昨日思い浮かべたあの曲を弾いた。長らく聞くことも弾くことも無かった曲だが、不思議と指はその旋律を覚えていた。
何度かその曲を繰り返して、気づけば時計は9時半を回っていた。天宮はピアノから離れ、カバンを持って玄関へと向かう。靴を履いている途中、テーブルに置いたままのチラシを思い出してリビングに戻った。チラシを手に取りカバンに入れ、再び玄関へ行き天宮は家を出た。
顔を洗い簡単な朝食を食べ、歯を磨いて服を着た。だがまだ30分ほど時間があった。なんとなく、天宮はピアノの前に立って昨日思い浮かべたあの曲を弾いた。長らく聞くことも弾くことも無かった曲だが、不思議と指はその旋律を覚えていた。
何度かその曲を繰り返して、気づけば時計は9時半を回っていた。天宮はピアノから離れ、カバンを持って玄関へと向かう。靴を履いている途中、テーブルに置いたままのチラシを思い出してリビングに戻った。チラシを手に取りカバンに入れ、再び玄関へ行き天宮は家を出た。
「昨日よりはまだいいですが……セイ、何かありましたか?」
「……いえ、少し疲れているだけです」
明らかな嘘だった。
「そうですか。まあ、次のコンサートまでには何とかしてくださいネ」
「はい」
空調は暑くも寒くもなく調整されているはずなのに、鍵盤が何故か冷たく感じた。自分では一晩経ったことで大分落ち着いたと思ったのだが、音色は正直だ。はっきりと心の揺れを表していた。以前の自分であれば考えられなかったことだ。あの、恋の実験をする前までは。
練習が終わり、天宮は冷蔵庫に食材がほとんどないことを思い出してスーパーを目指した。簡単にカロリーの取れる甘いものも昨日のザッハトルテで最後だったと考えながら、天宮はスーパーを見た。そこから出てきた小柄の女性が目に入り、天宮は立ち止まった。化粧のせいかあどけなさが少し抜けているが、それは間違いなく小日向だった。
「天宮、さん……?」
向こうも天宮に気づいたのか、驚いた顔で目をしばたたかせた。
「……やあ、久しぶり」
黙っているのも不自然だと、天宮は口を開いた。
「びっくりしました。まさかこんなところで会うなんて」
「ここの近くに住んでるんだ」
「そうなんですね」
「……君は? どうしてここに?」
「今度、こっちでコンサートに出るんです。良かったら聞きに来てください」
「そうなんだ、じゃあぜひ行こうかな」
「はい、ぜひ!」
声を弾ませる小日向の顔を直視できず、天宮は視線を泳がせた。少しの雑談の後、小日向は何かを言い淀んだ。
「天宮、さん」
彼女は困ったような顔を一瞬だけして、そして結局何も言わなかった。天宮も、追及することはしなかった。
「では失礼します。会えて嬉しかったです」
一礼して、小日向は天宮に背を向けて歩き出す。去っていく彼女を引き留めたいと思った。だが体は動かない。声を出そうと思った。だが声帯を震わすこともできない。自分だけが時を失って、彼女との距離は無慈悲に開いていく。突っ立っていた天宮に通行人がぶつかったことによって、ようやく彼は時を取り戻した。見つめる先にはとうに小日向の姿はなく、人々の流れがその名残も消していた。
あの時の選択が間違っていたとは思わない。
現に、天宮はこうして小さくないオーケストラでピアノを弾くことができているのだ。それなのに。乾いた風が天宮の髪を揺らし、あの時以来の痛みが身を刺した。自分はどこかで期待していたのだ。小日向なら、彼女なら、どうしてと怒って、それでも謝れば許してくれて、そしてあの曲をまた弾こうと言ってくれるのではないかと。
「ごめんよ、小日向さん」
さっきまでかなしばりのように強張っていた、乾いた唇が音を発した。
「ごめん……」
小日向との恋の実験で得たもの。それは確かに天宮の音を豊かにした。だが安定を奪った。それが心の存在の証明なのだと、今はわかる。感情を振り切るように天宮は歩き出し、朝家を出た時には気づかなかった曇り空の下家路に着いた。
家に戻り天宮は冷蔵庫を開けた。無性に喉が渇いていた。ペットボトルを取り出し、蓋を開けて中身を口に含んだ。ピアノを弾こうかとも思ったが、体が重く、天宮はそのままソファにもたれかかる。しばらくの間何もせずただソファに身を委ねた。目を閉じかけた天宮の手から、ペットボトルが滑り落ちた。完全に蓋が閉まっていなかったらしく、液体がこぼれだしていた。カーペットに染みができていくのをぼんやりと眺めた。
じわじわと広がっていくそれが、先ほどの感情のようだと天宮は思った。でもその感情の名前が、天宮はわからなかった。
「天宮、さん……?」
向こうも天宮に気づいたのか、驚いた顔で目をしばたたかせた。
「……やあ、久しぶり」
黙っているのも不自然だと、天宮は口を開いた。
「びっくりしました。まさかこんなところで会うなんて」
「ここの近くに住んでるんだ」
「そうなんですね」
「……君は? どうしてここに?」
「今度、こっちでコンサートに出るんです。良かったら聞きに来てください」
「そうなんだ、じゃあぜひ行こうかな」
「はい、ぜひ!」
声を弾ませる小日向の顔を直視できず、天宮は視線を泳がせた。少しの雑談の後、小日向は何かを言い淀んだ。
「天宮、さん」
彼女は困ったような顔を一瞬だけして、そして結局何も言わなかった。天宮も、追及することはしなかった。
「では失礼します。会えて嬉しかったです」
一礼して、小日向は天宮に背を向けて歩き出す。去っていく彼女を引き留めたいと思った。だが体は動かない。声を出そうと思った。だが声帯を震わすこともできない。自分だけが時を失って、彼女との距離は無慈悲に開いていく。突っ立っていた天宮に通行人がぶつかったことによって、ようやく彼は時を取り戻した。見つめる先にはとうに小日向の姿はなく、人々の流れがその名残も消していた。
あの時の選択が間違っていたとは思わない。
現に、天宮はこうして小さくないオーケストラでピアノを弾くことができているのだ。それなのに。乾いた風が天宮の髪を揺らし、あの時以来の痛みが身を刺した。自分はどこかで期待していたのだ。小日向なら、彼女なら、どうしてと怒って、それでも謝れば許してくれて、そしてあの曲をまた弾こうと言ってくれるのではないかと。
「ごめんよ、小日向さん」
さっきまでかなしばりのように強張っていた、乾いた唇が音を発した。
「ごめん……」
小日向との恋の実験で得たもの。それは確かに天宮の音を豊かにした。だが安定を奪った。それが心の存在の証明なのだと、今はわかる。感情を振り切るように天宮は歩き出し、朝家を出た時には気づかなかった曇り空の下家路に着いた。
家に戻り天宮は冷蔵庫を開けた。無性に喉が渇いていた。ペットボトルを取り出し、蓋を開けて中身を口に含んだ。ピアノを弾こうかとも思ったが、体が重く、天宮はそのままソファにもたれかかる。しばらくの間何もせずただソファに身を委ねた。目を閉じかけた天宮の手から、ペットボトルが滑り落ちた。完全に蓋が閉まっていなかったらしく、液体がこぼれだしていた。カーペットに染みができていくのをぼんやりと眺めた。
じわじわと広がっていくそれが、先ほどの感情のようだと天宮は思った。でもその感情の名前が、天宮はわからなかった。
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