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セヴシック

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trik or ……?

七海×かなで
AS天音軸 七海珠玉ED後
ハロウィン小話。珍しく甘め。

「trick or ……?」




 学校への通学路、前には見慣れたヴァイオリンケースを持った可愛らしい背中が見える。いつもと変わらない見飽きた風景が、その背中があるだけで華やいでいるように思えた。
「小日向先輩、おはようございます」
 小走りで近づき後ろから声をかけると、先輩は笑顔で挨拶を返してくれる。
「七海くんおはよう!」
 朝から会えるなんて、オレはなんて幸せなのだろう。幸せを噛みしめ、オレは小日向先輩の隣を歩いた。

 夏のコンクールが終わって、オレは想いを伝え、晴れて小日向先輩の彼氏になることができた。
 あれから早2か月、以前よりは近くに、だが自分には少しもの足りない距離が二人の間にはあった。室内学部で毎日のように会うことができるとは言え、二人きりで過ごせる時間はさほど多くは無い。
 だからこそ、目に見える形で、彼氏彼女でしかできないことをしたかった。例えば、苗字でなく名前で呼び合ったりだとか、手をつないで歩いたり、できるならばキスも、と頭で考えるだけで、オレは一つも実行に移せていない。
 我ながらチキンだとは思っている。でも、こういうことは急ぐべきではないと言うし、何より小日向先輩に引かれてしまうのではないかと踏み出せずにいるのだ。
 それに、先輩が可愛すぎるから。キラキラとした瞳や、柔らかそうな華奢な手、形の良い唇を見るだけで緊張してしまう。
 だが、今日こそはとオレは拳を握った。
 発端は、秋の連休で新が横浜に来るとハルから連絡を受けたことだった。
 コンクール中はお互いに忙しく遊んでいる暇はあまり無かったが、それも終わったため三人でどこかに遊びに行こうという話になったのだ。
 思う存分遊び倒した後ファストフード店でのんびりとしていたところ、そういえばと新が尋ねてきた。
「宗介、例の彼女とどうなったの?」
 新には話していなかったことを思い出し、赤くなりつつもオレは毅然として答えた。
「今、付き合ってる」
「マジ!? 宗介もやるじゃん。いいなー、オレも彼女欲しいー」
 ハルからも祝福の言葉を貰い、オレは少し得意げになる。
「ま、まあな」
「で、どこまで行ったの? もうチューした?」
「な、何言ってんだよ! まだ付き合って一か月ぐらいなのに」
「えー、でも好きなら付き合ってどれくらいとか関係なくない? キスの上ならまだしも、キスだよ?」
 キスの上という発言に、オレだけでなく何故かハルの顔も赤くなっている。
「急に何を言い出すんだおまえは!」
「Ai! 殴らなくてもいいじゃん! それに、こういうの健全な男子高校生のフッツーな会話だと思うんですケド」
「おまえの頭の中が破廉恥なだけだ」
 怒っているハルとは裏腹に、オレは新の言葉を反芻していた。
 案外、新の言うことは正しいのかもしれない。まだキスもしたことが無いなんて、オレは小日向先輩の彼氏だと言えるのだろうか。
「もー、ハルちゃんたら堅物なんだから。じゃあじゃあ、手をつなぐぐらいはしたの? これなら別に健全な会話でしょ?」
「まあ、手をつなぐぐらいなら……」
 まだ、と言いかけて口を噤んだ。これだけ騒いでおいて手もつないだことが無いなんて、男としての面目丸つぶれではないか。新だけでなく、ハルまでも手をつなぐことは大したことではないような口ぶりに焦った。
「手は……繋いだ」
 咄嗟にオレは嘘をついた。
「ホントー? どこで繋いだの? どっちから?」
 まごついたオレを疑っているのか、新はニヤニヤと質問を重ねた。当然それに答えられるはずがなく、あっさりと嘘はバレた。
「新、そういうことで人をからかうものじゃない。それぞれペースがあるものだろう」
「からかってるわけじゃないですよ。その例の彼女が可哀そうだなーって。付き合ってたら早く手、繋ぎたいでしょ」
 その言葉に焚きつけられオレは計画に計画を重ね、この10月31日、来る今日にかけることにしたのだった。


 10月31日といえばハロウィンである。子供たちが家々に押しかけお菓子をねだる日だ。トリックオアトリート、そう、お菓子かイタズラか。オレはこのイベントを利用することにしたのである。

「七海くん、さっきから静かだね。具合悪い?」
 脳内でシミュレーションを繰り返していたせいか、口数が少なくなってしまったようだ。心配してくれるなんて、小日向先輩はやはり優しい。
「い、いえ。オレなら大丈夫です」
「そう? ならよかった」
 眩しい笑顔にあてられ、また臆病風にふかれそうになる。
 何ビビってるんだオレ。しっかりしろ……!
 再度こぶしを握り、声を絞り出す。
「あ、あの。小日向先輩」
「なに?」
「トリック、オア……トリート!」
 言った。とりあえず、第一関門は乗り越えた。後は――
「やっぱり作ってきて良かった。……はい、これ」
 小日向先輩はバッグからお菓子を取り出し、オレに差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
「イタズラされちゃうのは嫌だからね。って言うよりは、私が七海くんにお菓子をあげたかっただけなんだけど」
 綺麗にラッピングされた袋には、カボチャやオバケなどハロウィンにちなんだチョコレートや、パンダの形をした可愛らしいクッキーも入っていた。
「これ、もしかして小日向先輩の手作りですか?」
「そうなの。頑張って作りました」
 バレンタインでもないのに手作りお菓子をもらえたことに感激する。これが、彼氏の特権というやつなのかもしれない。
「嬉しいなあ……バレンタインでもないのに小日向先輩の手作りお菓子を頂けるなんて」
「七海くん大げさだよ。一緒にお弁当だって食べてるのに」
 そういえばそうだ。付き合う以前から小日向先輩はオレにお弁当を振る舞ってくれていた。とすると、恋人同士だからできる特別なことではない?
 あれ? すごく嬉しいし幸せなのに、何かを忘れている気がする。
「もう着いちゃったね。じゃあ、七海くん頑張ってね!」
 二年の教室が並ぶ廊下へと歩いていく小日向先輩を見送り、オレは愕然とした。
「計画……忘れてた……」
 そんな自分を笑うかのようにチャイムが鳴り響き、オレは自分の教室へと慌てて走った。


「ごめん、お菓子は持ってないんだ」
 小日向先輩は申し訳なさそうに目を伏せた。
「なら……イタズラの代わりに、手を繋がせてください」
 そう言って、オレはそっと小日向先輩の手を握った。
「七海くん」
 小日向先輩は驚いて、それでもしっかりとオレの手を握り返してくれた。
「今日の七海くん、かっこいいね」
「そうですか? ありがとうございます。小日向先輩も、今日も可愛いです」
 幸せを感じながら、小日向先輩とオレは学校へと向かった――

 こうなるはずだったんだけどなあ。
 授業の内容もほとんど頭に入らず、オレは今朝の出来事について反省していた。
 計画が甘かった。小日向先輩が料理上手ということは知っていたのだから、ハロウィンに手作りお菓子を持ってくることは予想できないことではない。まったくもってお菓子を渡されるというパターンを考えなかった自分が恨めしい。
 手作りお菓子をもらったということは十分すぎるほど嬉しかったが、手を繋ぐ口実は失われてしまった。今日こそはと張り切って登校したと言うのに、朝という短い時間で希望が絶たれてしまったのだ。
 そうして、憂鬱なまま放課後を迎えた。


 二人で過ごす時間が短い分、下校だけは一緒に帰ろうと付き合う当初から決めていた。今日もその約束を守るため、オレはエントランスで小日向先輩を待った。とはいえ、内心複雑だ。
 本来はこの下校時に実行するだったはずの策は失敗に終わってしまった。今からでも何かいい計画は無いだろうかと考えるも、一向に思いつかない。大体、あの策だって雑誌を参考にしたのだ。恋愛経験初心者である自分一人で良い案を練られるはずもない。
 女の人というのはムードを大事にするのだ。本にもそう書かれていた。自分だって、初めて手を繋ぐのだから特別なものとしたいという思いもある。
 次にその機会が来るのはいつになるのか。めぼしいイベントといえばクリスマスがあるが、そこまで待たなければならないと思うとため息しか出ない。
「はあ……」
「ため息なんかついてどうしたの?」
 背後から急に声がして、オレはびくりと背筋を伸ばした。聞き間違えるはずのない愛しいこの声は、小日向先輩だ。
「い、いえ! なんでもないです」
「本当? 待たせちゃってごめんね」
「全然待ってないです! あの……その、行きましょう!」
「そっか。う、うん」
 ため息をついているところを見られてしまった。つくづく今日はうまくいかない。計画が思う通りにならなかったとはいえ、貴重な小日向先輩と過ごす時間なのだ。切り替えなければ。
「さっきのは、えっと……そう、練習で上手くいかないところがあって」
「そうなんだ。あ、じゃあ久しぶりに一緒に練習するのはどうかな?」
 良かった。上手くごまかすことができた。先輩には悪いが、手を繋げなくてへこんでいるなんて口に出せない。オレは必死で当たり障りのない会話を続けた。
 二人が通る通学路は、横浜天音学園だけでなく様々な学校の生徒が歩いている。中には、自分たちと同じカップルの姿もある。今日に限ってすれ違うカップルたちはほとんどが手を繋いでいて、それを見る度オレは失敗を笑われているように思えた。
 やっぱりオレは彼氏として失格だ……。
「七海くん、家こっちだよね? 曲がらなくていいの?」
「あ、す、すみませんぼーっとしちゃって!」
「……七海くん、朝から変だよ」
「そんなことないです! オレは大丈夫ですから」
 小日向先輩はじっとオレを見つめた。
「トリックオアトリート」
「え? ……え?」
 突然のことに、オレ頭は半ばパニックだった。
「お菓子が無いなら、イタズラだね」
 そう言って小日向先輩は、オレの顔に手を伸ばした。顔が近づいてきたかと思うと、頬に何か柔らかい何かが当たった。
 先輩の顔が自分のすぐ近くにある。そして先ほどの感触。もしかしなくても、これはキスではないか。
「え、あ、あの、こひ、なた先輩……」
「えへへ、七海くん、元気ないみたいだから」
 小日向先輩が顔を赤らめるのを見て、やはりあれはキスだったのだと認識した。その途端、本当に火が出たかのように自分の顔が熱くなるのがわかった。
「嫌だった?」
「いえ、とても嬉しいです! 急すぎて驚いて、キスはその、まだ早いかと思ってたというか、オレからって考えてただけで……」
 まさかあちらからキスをされるなんてことは想像もしたことが無かった。だが、嬉しいことには変わりない。
 ああ、オレ、本当に小日向先輩の彼氏なんだ。
 やっと、心からそう思えた気がした。
「なら今度は、七海くんからしてくれると嬉しいな」
「も、もちろんです! 頑張ります!」
 小日向先輩はふんわりと笑った。よく見ると、顔が少し赤くなっている。恥ずかしがりながらも自分にキスをしてくれたのだと考えると、浮かれずにはいられなかった。思えば、彼女のこんな表情を見るのは告白をしたあの日以来かもしれない。これも、オレだけの特権だ。
「じゃあ、また明日ね」
「はっはい!」
 先輩の期待に応えるためにも、今度は絶対オレからキスをしよう。そう、夕暮れに誓ったのだった。



家に帰ってから、オレは気持ち悪いぐらいに上機嫌だった。両親にはすぐに何か良いことがあったのかとからかわれた。
夕食を手短に済ませ、オレは楽しみにとっておいた小日向先輩から貰ったクッキーのリボンをほどいた。丁寧にラッピングをしている先輩が思い浮かび、どうしても顔が緩んでしまう。
いただきますと言って手を合わせ、クッキーを掴むと、そのタイミングで携帯が鳴った。一瞬無視してクッキーを食べようと思ったが、思い直して携帯を見た。クッキーは逃げないのだ。焦らなくていい。
画面には新の文字が映し出されていた。そうだ、新に報告してやろう。
オレは意気揚々と通話ボタンを押した。
「もし――」
「もしもーし、宗介だよね? オレのモバイルバッテリー持ってない? 仙台帰ってきてから見つかんなくてさー」
 もしもしの一言ぐらい言わせて欲しかったが、今日のオレはそんな小さいことは気にならない。
「バッテリー? ちょっと待て」
 新たちと外出した際に使ったショルダーバッグをあさると、見慣れないモバイルバッテリーが出てきた。
「あったぞ」
「ホント? やっぱり宗介のとこだったかー。今度またハルちゃん家行くからその時まで保管しといて! よろしく」
「というか、なんで新のバッテリーが俺のバッグに入ってるんだよ」
「お土産がバッグに入らなくて宗介に色々持ってもらったじゃん? 多分あの時だね~。あ、そういえばさ。宗介、手繋げた?」
「あ……」
 キスはしたが、一番の目標であった手は繋ぐということは達成できていない。
今日一番のため息をつくと、カボチャやオバケの形をしたクッキーたちが、オレを見て笑ったような気がした。


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