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セヴシック

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茨の森 3
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函館天音軸 冥加×かなで
コルダ3AS函館天音のイベントに沿っていたり、沿っていなかったりします

茨の森 3


「涙」

 まだ7月だと言うのに太陽の光が容赦なく降り注ぐ公園で、かなではヴァイオリンを弾いていた。そこかしこで鳴くセミの声にかき消されることなく、ヴァイオリンの音色は公園に響き渡る。足を止める人々の中心で、それを気に留めることなくかなでは弓を動かし続けていた。
 弓を持つ手が先ほどから湿っている。手だけではなく体中も慣れない湿気と気温で汗ばんでいた。この曲が終わったら一度休憩をしようと考え、最後まで気を抜かないようにとかなでは指先に集中を込めた。
 曲が終わり、周りの人々の拍手にかなでは一礼をする。腕につけたブレスレットにブラボーポイントが貯まるのを見てかなでは少し嬉しくなった。
「ブラボー、小日向さん」
 拍手が鳴りやんで、同じ函館天音の生徒であるトーノが話しかけてきた。彼は同じアンサンブルメンバーで、二番目の家で共に暮らす同居人でもある。
「トーノ?聞いてたんだ。ありがとう」
「でも、ちょっと頑張りすぎなんじゃないかな」
 トーノは物腰柔らかで、誰に対しても優しい。だからこういう気遣いもよくできる人だった。
「バイト終わってからずっとここで弾いてただろ?こんな炎天下の中じゃあ流石に倒れちまう」
「でも、ブラボーポイントを稼ぐならここが一番いいから」
 彼は少し考えるような顔をして、かなでの頭をポンと撫でた。
「まあ、焦るのもわかるけどさ。あんまり無茶したらいけないよ」
「うん、ありがとう」
「せっかくあんなに冷房が効いた校舎が近くにあるんだ。小日向さんも活用したほうがいい。ソラなんかしょっちゅういるぞ」
 横浜天音学園のエントランスにて何食わぬ顔で演奏するソラを思い出して、かなでは笑った。
「暑いの嫌いそうだもんね」
「ソラはもうちょっと太陽を浴びたほうがいい気がするよな」
「余計なお世話って言われちゃうよ」
「それもそうだ」
 元町通りへ行くと言うトーノと別れ、かなでは彼の勧めた通り横浜天音学園に向かった。トーノの言う通り、この暑さの中一日中外で練習するのはさすがに体に障ると思ったのだ。体を壊しヴァイオリンが弾けなくなってしまっては元も子もない。
 かなでが主に外で練習しているのには、人通りが多くブラボーポイントが稼ぎやすいということともう一つ理由があった。冥加と会うのが気まずかったのだ。
 前回会った時、かなでは冥加を怒らせてしまった。怒ると言う表現では生ぬるいほどの憎悪をぶつけられた。思い出せない記憶にその原因があることはわかっているが、かなでにはどうすることもできなかった。だが、あの反応により冥加が自分の過去を知っていることが確信できた。ほとぼりが冷めるまで、せめてコンクールの地方大会が終わるまでは彼を刺激しない方が良いと言う結論に至り、本当なら今すぐにでも自分の過去を聞き出したい気持ちに駆られながらも、かなではそれを冥加に会わないことで抑えていた。
 冥加に会わないよう、なるべく人が少ない練習場所を探した。それでも在校生でもないのに練習室を使うことはなんだか気が引けて、かなでは聖堂へと足を運んだ。聖堂の扉を開けた途端、演奏する冥加の姿が目に入り、凍える風のようなヴァイオリンの音色がかなでの心を刺した。足を氷で釘付けにされたように、かなではその場から動くことができない。
 自分の中の何かが叫んでいる。体の奥が燃えるように熱い。それが何故かを考えることもできないまま、かなではその場に立ち尽くしていた。
 唐突に曲が終わり、冥加がこちらを見ていた。そのまま立ち去るのも失礼な気がして、かなでは扉のすぐ近くで冥加が近づいてくるのをただ見ていた。彼がかなでを見たのはごく短い時間で、歩いている途中からその視線は扉の外へと移された。目が合うことも無く、冥加はかなでのすぐ横を通る。
 かなでを通り過ぎ数歩して、冥加の足音が止まった。
「…何故泣いている」
 冥加の方を振り向き、頬を触った。指摘の通り涙がこぼれているのがわかる。
「え…」
 体の奥の熱のせいで、目頭も熱くなっていたことに気づかなかったらしい。
「す、すみません。なんで泣いてるんでしょうか私」
 涙を制服の袖で拭った。水滴が黒いボレロに染みを作る。ため息とともに、冥加はハンカチを取り出してかなでに突き出す。
「それを使え。制服が汚れるだろう」
「ありがとう、ございます」
 冥加から貰ったハンカチを使い目元を押さえるも、涙は止まることなく流れ続けていた。このまま泣いているのを見られるのが恥ずかしく、かなでは泣きながらも笑顔を作り冥加に言う。
「さっきの演奏素敵でした。地方大会、頑張りましょう!」
「…せいぜい横浜天音の足を引っ張らないことだ」
 うまく笑えたかはわからない。だが、この場を収束させることはできたようだ。
「は、はい!」
 冥加が去り、聖堂にはかなで一人になった。さっき聞いた冥加の演奏の余韻にしばらく浸り、返しそびれたハンカチを握りしめながらかなでは目を閉じた。地方大会まで後少し、大会用の曲を完璧に仕上げ、ブラボーポイントも集めなければならない。
 かなでは一人ヴァイオリンを弾いた。がらんとした広い空間に自分の音色が響く。その音色はさっきまで外で聞いていた自分の音と少しだけ何かが違っていたが、かなではそれが屋内での音響の良い場所だからということで片付けた。冥加から借りたハンカチをいつ返そうと考えながら、かなでは聖堂を後にした。




冥加さんなんのハンカチ使うんだろ。
カルバンクラインとか、ラルフローレンとか?

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