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セヴシック

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茨の森 5
6話←  茨の森5話  →4話  →→→1
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。

「地方大会」


 この世は、悲しい、辛いことばかりでしょう?



 夢を見た気がした。少し寝覚めの悪い、何かを思い出せそうで思い出せない、そんな朝だった。携帯を開くと無機質なデジタル表記が午前5時を示している。もう一度寝るのも起きられなくなりそうで、かなでは目をこすりながらベッドから抜け出した。
 今日は全国学生音楽コンクールの地方大会当日なのだ。寝坊などしてしまったら目も当てられない。コンクールに勝ち上がることもそうだが、ブラボーポイントを稼がなくては函館天音学園に在籍することもままならなくなってしまう。かなでは顔を洗い無理やり頭を覚醒させた。顔を上げ、鏡に映った自分を見る。透き通った目をしている、と天宮は言った。妖精に誘われる子供、とも。
 自分の記憶が妖精に関連しているのでは、とかなでも考えたことはあった。函館天音学園は人間と妖精の狭間の世界。そんな学園に記憶を失くしてやってくるなど、妖精の仕業を疑わない方がおかしい。だが、自分の記憶が無くなったのは函館天音学園に足を踏み入れる前だ。バスで目を覚ました時すでに、かなでからはヴァイオリンと名前以外のものは失われていた。入学届に住所の類が書かれていなかったことからも、かなでは記憶を失くしてからあの入学届を書いたことになる。絶対にそうだとも言い切れないが。
 かなではヴァイオリンケースを開け、中にしまってあった金色の弦を手で弄んだ。これも記憶の手がかりである何かのはずなのだが、まったくもって思い出せることはなかった。ただこうして持っていると心が凪ぎ、落ち着く気がする。
 それ以上は考えても、記憶の足しになるようなことはわからなかった。かなでは潔く諦め、キッチンへと向かった。
 他の3人はまだ起きていないようだし、朝食でも作ってみんなを驚かせよう。冷蔵庫の中には幸いお弁当用にと残しておいた食材が余っていた。かなでは材料と調理用具を取り出し、朝食作りに没頭した。朝食を作り終わらないうちにニアとトーノが起きてきて、二人も一緒に朝食を作った。盛り付け中にソラが自分から起きてきて、三人で珍しいねと笑った。それから四人で朝食を食べ、コンクール当日だと言うのになんだか穏やかで、かなでは温かい気持ちになった。コンクール中だけではなく、ずっとこの生活が続けばいいと思うほどに。
 四人でコンクール会場に向かうと、横浜天音のメンバーはすでに揃っていた。挨拶をするも、両校ともに反応は薄い。頑張りますと言うと、天宮が抑揚のない声で応えた。
「普通にやれば勝つと思うよ。ねえ冥加」
「当たり前だ。天音に敗北は許されん」
 冥加がさも当然と笑うのを見て、かなでは驚いた。彼の笑顔を初めて見たのだ。
「どうした小日向、横浜天音の連中が珍しいか?」
「ううん。そういうわけじゃない、けど…」
 冥加から向けられた感情が憎悪でなければ、記憶を失くしていなければ、あの表情が自分に向けられることがあったのだろうか。かなではそう考えて、焦りに似た何かが胸の奥に生まれるのを感じた。
「小日向さん、もしかして緊張してるのか?大丈夫だよ、横浜天音の人たちもああ言ってるんだし」
「うん」
 これは緊張なのだろうか?トーノの指摘にかなでは戸惑いながらも頷く。どちらにせよ、今はコンクールに集中しなければならない。先ほどの何かをかなでは飲み込んで、舞台袖へと向かった。
 天音学園は順調に勝ち進み、午後の部への進出が決まった。決勝戦となる午後の相手は、至誠館高校という男子校らしい。午前の部でも一際まとまった演奏をしていた学校だ。演奏前に円陣を組んでいたのを見てかなでは少し圧倒されていた。
「流石男子校だな。迫力が違う」
「暑苦しいの間違いだろ」
「へえ、普通の高校生はああいう事をやるものなのかな。僕らもやってみる?」
「時間の無駄だ」
 同じ高校生とは思えないほどのマイペースな会話が繰り広げられ、かなでは笑った。それでも、不安をすべて拭うことはできなかった。
 おそらくは向こうのように有り余る気合いが見えるのが普通なのだ。コンクールが何度開催されようと、この瞬間、この時の演奏はただ一度きり。そして優勝を得ることができるのもただ一校のみ。この会場に来るまで、かなではただ一心不乱にヴァイオリンを弾き続けていただけだった。コンクールのため、というよりはブラボーポイントのため、自分の記憶のため。途端に、コンクールという言葉が重みを増しかなでの心を圧迫した。
 一曲目は函館天音のアンサンブルメンバーでの演奏となる。リラックスしている仲間たちとは逆に、かなではヴァイオリンを握りしめ俯いていた。函館天音学園が呼ばれ、舞台へと仲間たちが歩を進める。かなでもその一歩を踏み出そうと顔を上げた。
「小日向」
「冥加さん?」
 急に名前を呼ばれて、かなでは冥加を振り返った。
「貴様が本当に小日向かなでだと言うなら、演奏で示してみろ」
 あっけにとられ返事をすることもできなかった。すでに舞台には三人が揃っていて、何事かと自分を見ている。慌てて彼らを追いかけ、かなではヴァイオリンを構えた。
 本当に小日向かなでなら、と言った冥加の言葉を反芻する。記憶を失くしてからもそこにあったのは自分の名前と、このヴァイオリンだった。自分が何者だとしても、かなではきっと、音楽を手放すことはできないのだろう。コンクールのこともそうだ。ここに居たい、記憶を取り戻したいと願う限り、逃げることはできない。
 ならば、この音に乗せて歌おう。
 深呼吸をして弦を見つめ、かなではヴァイオリンを導いた。




中々に難産な回でした…
やっと地方大会が終わりそうです。

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