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セヴシック

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茨の森 16
17話←  茨の森16話  →15話  →→→1話
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。


「来訪」


 窓から見える景色はいつもと変わらない。殺風景な部屋の中も同じだ。
 一つ違うのは、普段はかけないモーツァルトのCDが流れていることである。冥加は理事長室のソファに座り、食後のコーヒーを楽しんでいた。
 セミファイナル当日、冥加は迷った挙句一曲だけ小日向の演奏を聞きに行った。あの短期間で彼女はまた演奏のレベルをあげたらしい。地方大会の時よりも明確な表現と、安定した音色を響かせていた。
 霧がかかった、夢のような儚げな音。触ろうとすれば一瞬にして弾けて溶けてしまう。その場で見ることだけを許された泡沫の夢のようだった。目を閉じてその音色を思い出そうとするも、ノックの音に遮られた。
「失礼いたします」
 そう言って入ってきたのは御影だった。
「あら、モーツァルトなんて珍しいわね」
「別に珍しくもないだろう」
「そうかしら。何か嬉しいことでもあったの?」
 むしろあの演奏を思い浮かべたところを邪魔され、冥加は少し不機嫌だった。
「俺がいちいち気分でかける曲を変えるとでも? くだらんな。そも、何か用件があるのだろう。早く話せ」
「……そうね。ファイナルのことだけれど、前にも言った通り函館天音が二曲演奏するわ。前と同じく書類をよろしくね。後、今日先生が日本にいらっしゃるそうなの。この後空港までお迎えにあがるのだけど、玲士くんもどうかしら。先生も喜ぶわ」
 先生という言葉に冥加は眉間に皺を寄せた。
「冗談よ。それじゃあ、お仕事頑張ってね」
 心なしか嬉しそうな様子で、御影は理事長室を出て行った。


 アレクセイが日本に帰ってくることは初耳だった。元々何の脈絡もなく気まぐれのように日本と海外を往復しているが、今回ばかりは帰ってきたタイミングに意図を感じざるを得なかった。
「お久しぶりデス、玲士クン」
 噂をすればなんとやら、外国人にしては流暢な日本語が冥加を捉えた。振り返ると、人当たりの良い笑みを浮かべたアレクセイが立っていた。
「何の用だ」
 薄気味悪い笑顔を作ったアレクセイとは対照的に、冥加は敵意を隠さず険しい表情を向けた。
「おや、お帰りなさいの一言も無いのですか? 流石の私でも傷つきマス」
「よくものこのこと帰ってきたものだな。……これで満足か?」
 来て早々にこの横浜天音に寄るということは何か目的があるのだろうと冥加は勘繰る。挑発か扇動か。いずれにせよ奴の言葉遊びに付き合うのは癪だ。
「相変わらず言葉が悪いデスネ。これが反抗期というものなんデショウか」
「わざわざ雑談でもしに来たのか? 生憎俺にそんな暇は無い」
「気が短いのも変わりませんネ。では単刀直入に言いましょうか。横浜天音のマスターキーを渡しては貰えませんか?」
「断る」
 高校に上がる際冥加はアレクセイに反旗を翻し、そのマスターキーを手に入れ横浜天音の実権を手に入れた。要するに、このマスターキーが自分の立場を守る上で最重要なのだ。御影を理事として冥加の近くに置き、マスターキーを奪う隙を狙っているのを冥加は知っていた。
「まあそうでしょうネ」
 あっけらかんとしてアレクセイは話題を変えた。これ以上無意味な会話を続けるとも思えず、冥加はそのまま次の言葉を待った。
「そういえば、函館の生徒とは仲良くやっていますか? 皆さん中々優秀でしょう」
 案の定、アレクセイは函館の名前を出した。だとすれば次に来るのはおそらく。
「特に、小日向かなでサン。彼女のマエストロフィールドはさぞかし美しいのでしょうネ。今はまだ、セーミャは眠っているようですが」
「あいつを函館に招いたのは貴様か」
 やはり小日向が函館天音にいたのはアレクセイの仕業だったのだ。
「それは違いますよ。私は迷える子羊を救ったにすぎない」
 アレクセイは自分がさも正しいことをしたかのように笑っている。その演技か真正かわからない態度が冥加は心底嫌いだった。
「このコンクールが終わったらしばらく函館に残ろうと思っているんです。新しく入った彼女も気になりますから」
 アレクセイの笑みが悪質なものへと変わっていく。
「いい返事を待っていますヨ」



 冥加と金髪の男性が話しているのを見て、かなでは盗み聞きをするつもりではなかったが、何故かその光景に妙な既視感を覚えその場を離れることができなかった。
 冥加が去っていくのを見てかなでも踵を返そうとしたが、不安を煽るような男の声に引き留められた。
「小日向かなでサン、お久しぶりです。とはいえ、立ち聞きはよくありませんよ」
 びくりとしてかなではおずおずと曲がり角から身を現した。かなでが函館天音に行くきっかけを作った人物がそこに立っていた。謝らないといけないと思いつつも、その声と笑みに底知れない恐怖を感じ、足がすくんだ。
「ヴァイオリンは、楽しくなりましたか?」
 何かを喋らないといけない。そう思うのに体は言うことを聞かず、声さえも出すことができない。やっとのことでかなでが後ずさると、男の笑みは深まった。
「おや? もう、魔法は解けてしまったのですか」
「あ……」
 怖い。本能的な何かがこの男を拒否している。前に会った時も得体の知れなさを感じていたものの、ここまでの恐怖を感じなかったというのに、
「まあ、順調にコンクールを勝ち進んでいるみたいですから、問題ないみたいデスね」
「あ、あの、盗み聞きみたいな真似をしてしまってごめんなさい。じゃ、じゃあ……」
 ようやく言葉を紡ぎだし、かなでは背を向けて歩き出す。早くこの男から逃れたかった。
「勝利の歓喜を手にするのは……たったひとりだ」
 雷に打たれたように、かなでは目を見開いた。この言葉を知っている。この言葉を聞いたことがある。
 これは、あの時の――
「ああ、でも今回はアンサンブル部門ですから、たったひとりというのは正確ではありませんネ」
 固まったかなでを意に介すことなく男は話を続けていたが、かなでの耳にはほとんど入ってはいなかった。
「ファイナルの演奏、期待していマス」
 そう言って男はかなでの肩を叩き立ち去った。その後しばらく、かなではその場に立ち尽くしていた。

 幼い頃のかなではただヴァイオリンが楽しいという理由だけで様々なコンクールに出ていた。たくさんの人の前でヴァイオリンを弾くことが、たくさんの人が自分の演奏を褒めてくれることが嬉しかった。
 そして7年前、いつもより大きなコンクールにかなでは出場した。そこで、かなでと冥加は出会ったのだ。その時の自分の一言で、出会いは呪いに変わってしまった。
 そしてかなではもれださないよう箱にその記憶をしまったのだ。自分の都合の良いように、寄る辺となる金色の弦だけを取り出して。
 ヴァイオリンケースを開け、大事にしまってある金色の弦を取り出した。こんな近くに記憶のカギはあったのに、かなではずっとそれをしまい込んでいた。記憶喪失など関係ない頃からずっと、深くに。
 懺悔、贖罪、許しを乞うすべての言葉が軽く、白々しく感じられた。それはただの自己満足で、きっと冥加には届かない。
 彼を侮辱する気は無かった。ただ、かなでは純粋で無知だった。だからといってすべてが許されるわけではない。
 貴様の音を示してみろと冥加は言った。彼がそれを望むのなら。いや、彼の望み関係なくかなでは音を磨いていきたいと思ったのだ。音楽を謝罪の理由にしたくはない。このヴァイオリンを弾く先に彼がいるのなら、そこへたどり着けたなら、何かを言うことは許されるだろうか。
 自分と、音楽と向き合うためにヴァイオリンを弾く。
 金色の弦はあの日と同じ音色のような、どこか違うような懐かしい音を響かせた。




三章が始まりました。
アレクセイさんの口調を調べるためにAS天音の「帰還」イベントを見てるんですがこのイベントきついものがありますよね…
まあアレクセイさんと冥加が喋ってる貴重なシーンなのでこうして見返すことが多々あるんですが見る度にうってなります

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