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セヴシック

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茨の森 15
16話←  茨の森15話  →14話  →→→1話
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。


「今度は」




 かなでたちを祝うかのように、花火が夜空に上がっている。セミファイナルの帰り道、四人ははしゃぐでもなく静かにそれを見つめていた。
「俺たちが勝ったの、祝ってくれてるのかもな」
「関係ないだろ。元々花火大会は今日って決まってたんだし」
 トーノとソラの相変わらずのやりとりに、笑みがこぼれる。
「何笑ってるんだよ、小日向」
「仲良しだよね、トーノとソラって」
「は?」
 このふざけた掛け合いですら温かい。今日のコンクールで、かなでは改めて三人に支えられているということを実感することができた。
 このまま記憶が戻らなかったとしても、それはそれでいいかもしれない。冥加に関しての記憶は別だが、すべての記憶が取り戻すことができなくてもかなでは生きていけるのではないか。
「綺麗だね、本当に」
 ここにいるということ自体が、綺麗な夢のようだとかなでは思った。
 花火を見ながら帰宅し、そろそろ寝る支度をと考えながらも部屋でのんびり料理の本を眺めていた。ノックの音が聞こえて、ニアに誘われかなではリビングへと向かった。
 リビングにはソラとトーノもいて、明らかにかなでを待っていたようだ。ファイナルに向けての相談だろうか。
「ファイナルに向けての話? もう曲とか決めちゃう?」
「いや、そうじゃないんだ」
 三人が目配せをしてニアが何やら箱を取り出した。そして最低限の包装が施されたそれを、かなでに差し出す。
「小日向、受け取ってくれ」
 言われるままにかなではそれを受け取り、開けてみてほしいと三人が口々に言った。
おそるおそる箱を開けると、ピンク色の携帯が中に入っていた。折りたたまれていたその携帯を開くと、画面には自分と友人らしき人物が写った写真が壁紙に設定されていた。コンビニで見たあの携帯に、間違いなかった。
「これ……」
「三人のブラボーポイントで、まあ足りたからさ。あんたにこの前みたいに無理されても困るし」
「それで何か思い出せるなら、俺たちは嬉しいよ」
 三人が穏やかな顔で笑っているのを見て、かなでは泣きそうになった。自分のためにあれだけのブラボーポイントを払ってくれたのだ。嬉しくないわけがない。
「あり……がとう」
 震える声で言うと、ニアに頭を撫でられた。
「部屋で見てきたらどうだ? その方が、落ち着いて電話もできるだろう」
「うん。みんな……本当にありがとう」
 できる限り口角をあげ、かなでは笑顔を作った。三人が優しい目をしているから、それだけで精一杯だった。
 携帯を見ていくうちに様々な記憶が蘇った。函館に来る前は緑溢れる山間の町に住んでいて、自転車で学校に通っていたこと。中の良い女友達がいたこと。両親は海外で仕事をしており、会えることは少なかったこと、けれど祖父が愛情たっぷりに面倒を見てくれていたこと。そして、幼いころから兄弟同然に育ってきた幼馴染のこと。どうしてこんな大切な人たちのことを忘れていたのだろう。
 そして、函館に行くことになった事の顛末もはっきりと思い出すことができた。それはかなでにとって辛いもので、忘れていた方がずっと楽に生きて行けたかもしれないような、自分で見ていて逃げ出したくなるような映像だった。
 記憶を失くしたことに関してあまりショックが無かったのは、おそらくかなで自信がそれを少なからず望んでいたからだ。そして自分の目的が記憶を取り戻すことよりもコンクールの方に偏っていったのは、無意識に記憶を取り戻すことを恐れていたからだろう。
 このまま、祖父の待つ家へ帰ることもできる。きっと祖父は温かく迎え入れてくれるだろう。
でも、それでいいの?
かなでが抜けたあとのアンサンブルは? コンクールは?
 また、逃げるの?
 頭の中で声が響いた。紛れもなく、それは自分の声だった。


 震える指でボタンを操作し、かなでは祖父に電話をかけた。懐かしい声に、目が熱くなるのを感じた。電話の向こうの祖父も同じ気持ちなのか、その声は涙ぐんでいた。
「おじいちゃん。私ね…このままここにいたい」
 驚きに満ちた声で、祖父は理由を尋ねる。かなでの説明は要領を得ないものだったが、祖父は急かすこともせず優しく話を聞いてくれた。
「やらなくちゃいけないことがあるの。それに私、この学校でヴァイオリンを続けたい」
「そうか。……かなで、本当に大丈夫なのか?」
「大事な友達もできたから大丈夫。心配かけてごめんね」
「かなでは昔から言い出したら聞かないからなあ」
 祖父が笑って昔話を始め、かなでは恥ずかしくなってそれを遮る。それをごまかすように、かなでは色々な話をした。両親の様子はどうかと聞き、自分からもアンサンブルのメンバーの紹介をした。厳しい先輩のような人がいて、その人に認めてもらいたい。そんな話もしたかもれない。
「おじいちゃん、そろそろ切るね。もう夜も遅いし」
「ああ。かなで、体には気をつけるんじゃぞ」
「うん。ありがとう、おじいちゃん」
 電話を切り、かなでは携帯を握りしめた。ここで終わりではないのだ。記憶を取り戻してハッピーエンドではなく、ここから先は記憶の中の自分を含め、すべてと向き合わなければならない。

 かなでは部屋を出てリビングへと向かった。リビングではニアとトーノ、ソラも何をするでもなく各々の場所に座っていた。三人ともかなでを待っていたのか、なんだかそわそわしているように見えた。
「ありがとう、みんな。記憶、戻ったみたい」
「良かったな」
 ニアとトーノが安心したように笑った。ソラも珍しく優しい目をしていて、かなでの胸が温かいもので満たされていく。
 迷い込んだ場所が、この函館天音学園で、この三人がいる場所で、本当に良かった。
「だから、次も頑張ろうね! 絶対優勝しよう!」
「は?」
 信じられないという様子でソラが目を見開く。
「小日向さん、ここに残るつもりなのか?」
「え、だってファイナルはもうすぐだよ」
「そういうことじゃない。……本当に、馬鹿だな」
「ひどいなあ、ソラ」
 笑おうとして失敗し、かなでは俯いた。
「小日向?」
「もう、逃げたくないから……」
 もう、音楽から、ヴァイオリンから、目を背けたくなかった。泣き出したかなでに、三人が騒然となる。
「ソラ! あんなこと言うから」
「別に責めてるわけじゃないだろ」
「違う、悪いのは私なの」
 溢れ出す涙を何とか拭いながら、かなでは言葉を絞り出した。ニアにそっと抱きしめられ、かなでは彼女の胸に顔をうずめた。
 このことで泣くのは今日だけしよう。そう思い、かなでは長い間ニアの腕の中で泣いた。
「あなたは…小日向かなでサンですね」
 コンクールが終わって気が滅入っていたところに、見覚えのない男に話しかけられかなでは困惑した。
「覚えていませんか。まあ、ずっと昔にお会いしたきりでしたからネ」
 この男とあったことがある?自分の意識とは関係なく、心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。何故だかわからないが、この男の声を聞くと胸がざわついた。
「随分苦しそうですね。ヴァイオリンはお嫌いですか?」
 嫌いという言葉に反応してか、かなでの肩がびくりと震えた。ヴァイオリンを嫌いになるわけがない。嫌いに、なる、はずが、ない?
「この世は、辛い、悲しいことばかりでしょう?」
 ヴァイオリンを弾くのが辛い。弾いても弾いても上手くなるきがしない。このまま、ヴァイオリンを続けて意味があるのか? 男の言葉によって引き出されるように、かなでの心に様々な感情が渦巻いた。
「私の下に来ませんか? きっと、ヴァイオリンが楽しくなりマスよ」
 無垢な子供がいたずらな悪魔に誘われるようにして、かなではその手を取ったのだ。自分から、記憶を捨てようとした。
 それが、真実だった。


 記憶喪失など、安易な、そんな都合の良いものではなかった。かなでは自ら記憶を投げ出すことを選んだのだ。アレクセイの甘言のままにその手を取り、魔法をかけられたときにも抵抗しなかった。
 ヴァイオリンを弾きたいがために、音楽から目を背けた。この苦しみも音楽なのだと、受け入れることができなかった。戻った記憶は完全ではなく、冥加のことだけを思い出せないのもおそらくその罰なのだろう。
 かなでが泣き止むまで、三人はずっとそこに居てくれた。
 その優しさが嬉しいと同時に、わずかに苦しいと思った。




第二章まで終わりました。
後は終章の三章だけです。もう少しお付き合いいただけると幸いです。

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