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20話← 茨の森19話 →18話 →→→1話
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。
「決意」
野菜を切るトントンと言うリズムに合わせて、かなでは練習中の曲の旋律を口ずさんだ。冥加に記憶を取り戻したことを報告してから、目に見えて演奏が変わった。一つの区切りを終えたことで余裕ができたのだろう。
それと関係あるのかはわからないが、かなではまた食事を作るようになった。お弁当はもちろん、夕食も四人分を用意した。ここまでがむしゃらに駆け抜けてきたが、コンクールももう終盤を迎えていた。コンクールが終わって、この生活が終わってしまうことがさみしいのかもしれない。
フライパンに油をしき、豚肉を炒める。その鮮やかな赤が変わっていくのを、かなでは手を動かしながら観察していた。
「いい匂いだ。今日は何を作ってるんだ?」
キッチンに顔を出してきたのはトーノだった。
「今日は野菜炒めです。後、豆腐のお味噌汁」
「お、古き良き食卓って感じだな。俺も手伝うよ」
「ありがとう。もうすぐお味噌汁が沸騰してくると思うから、そうなったら味噌を入れて」
頷いて、トーノは味噌汁が入った鍋を見つめた。
「小日向さん。……話したいことがあるんだ」
味噌汁に顔を向けたまま、トーノは呟くように声を発した。
「トーノ?」
「あの時、地方大会が終わった後の……あの時の続きなんだ」
「……」
思えば、トーノとこうして二人で話すのも久しぶりだ。地方大会の後いつもと違うトーノの表情を見てしまったことで、お互いどこか二人きりになるのを避けていた節があった。
「君が函館に来たのは、俺のせいかもしれない」
トーノが何を根拠にそう言ったのかはわからないが、彼の顔は深刻だった。
「それは違うよ」
強がりではなく、これが真実だ。
「私がね、自分で選んだの。函館に行くこと」
「違うんだ! 俺は、俺は妖精なんだ。それで……君に会いたいとそう願った」
「妖精?」
トーノの告白は、思いもしないものだった。妖精? あの、音楽から生まれるという?
「信じて、もらえないかもしれないけど……俺は人間の姿を手に入れた妖精なんだ。一応、魔法みたいなものも使える」
「……」
「ごめん、小日向さん。謝ってすむことじゃないってわかってるけど――」
「どうして謝るの? 怒るよ」
「えっ、だって君は、記憶を失くして――」
「でも、それでも私は函館天音学園に行って良かった。みんなと会えて良かったって思うんだ。トーノは違う?」
「そんなことない。俺もみんなと、小日向さんと会えて本当に良かった」
彼も、自分と同じように抱えるものがあったのだ。それでいて、明るくかなでを気遣ってくれた。その明るさ、優しさにかなでは何度も救われていた。
「なら、それでいいんじゃないかな」
きっかけは彼の言う、その願いだったのかもしれない。
「……記憶を失くしたのも、私が望んだことなんだ。記憶を自分から手放したの」
苦い記憶を忘れたいと、そう望んで妖精の手を取ったのだ。
「だからね、今度は……ちゃんと向き合おうと思う」
7年前のコンクールのことも、誘惑に負けて記憶を忘れようとしたことも、すべて背負って、音楽を続けていく。
「トーノ、ファイナル頑張ろうね」
決意を込めてかなでは笑った。複雑そうな顔をするトーノの手元の味噌汁が、音を立てずに沸騰していた。
「お味噌汁、沸いたね」
「……味噌、入れなきゃな」
お玉と箸で味噌を溶き、トーノが味見をする。
「うん、美味いな」
ようやく、トーノはいつもの笑顔を見せた。
夕食の後、月明かりの下でトーノは一人佇み、先ほどまでそこに居たかなでを思い浮かべて静かに息を吐いた。
彼女の目は、幼い日に涙を流していたその面影を少しだけ残して、真っ直ぐに前を向いていた。静かな決意が、その瞳の奥に秘められている気がした。
自分を生んだあの音色を奏でる少女に会いたい。そして、涙を拭いたい。
もう、それは必要なくなった。あの泣いていた少女はこうして時を経て、確かな強さを手に入れたのだ。彼女は立派に成長し、涙を自分で拭えるほどのたくましさを身に着けた。
それが自分のことのように嬉しくて、そして、寂しかった。
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