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セヴシック

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茨の森 25
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函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。


「音の先に」



 最優秀賞、函館天音学園。そのアナウンスが聞こえて、会場が沸いた。この会場を包むすべてが夢のような心地がして、かなでは喜びの声もあげることができずに瞬きをした。夢ではないと言ったのは自分だというのに。
 銀のトロフィーを持った審査員を前に、かなでたちは落ち着かずお互いを見た。
「小日向。……君が、受け取ってくれないか」
「え、私?」
「これは君がもたらしてくれたものだと、そう思うんだ」
「そんなことないよ。みんなで頑張ったから、ここまで来れたんだよ」
「だとしても、だ。君の手にあるのなら、これが夢ではないと思える気がするんだ」
「早くしなよ。減るもんじゃないんだから、さっさと受け取っちゃえば」
「……うん」
 三人に促され、かなでは一歩前に踏み出しトロフィーに手を伸ばす。その銀は照明に照らされ鈍く光っていた。その輝きにあてられたのか、手が少し震えている。本当は、手にした瞬間に夢が終わってしまうと、それにこれが夢だと気づいてしまうのが怖かったのかもしれない。あまりにも信じられないから。
 おそるおそる銀のトロフィーを受け取り、かなではやっとこれが現実だと改めて思うことができた。その重みは確かに手の中にあった。
「やった、ね……」
「ハハ、俺たち、やったんだな」
 三人も興奮というよりは放心したような面持で銀のトロフィーを見つめていた。光るトロフィーの側面に四人の顔が映り、そして示し合わせたように笑った。
「ニア、ソラ、トーノ……ありがとう」
 かなでは、今一度感謝の言葉を口にした。
 発表が終わり、かなでたちは観客の去ったエントランスで帰宅の準備をしていた。
「どうする、このまま帰るか? どっかで派手に打ち上げでもするか?」
「それもいいけど、楽器とかあるし面倒だな……。どうせBPは余るほどあるし、ハラショーでなんか買って帰りたい」
「あの家ももうすぐ引き払わなければいけないしな。家で祝勝会というのはどうだ?」
「それいい! 私何か作るよ」
 はしゃぐ四人は人影を見てその声を落とした。星奏学院のメンバーが通ったのだ。通ったというよりは、こちらに話しかけにきたらしい。
「函館天音学園さん、見事だったよ」
「本当、素晴らしい演奏でした。……まあ、来年は僕たちがそのトロフィーを取り返しますけど」
「ほう、随分な自信だな」
 小柄な生徒が真っすぐな目で闘志を燃やしていた。ニアはからかうようにそれを受け止めている。
「こらハル、喧嘩売るなって」
「喧嘩を売っているわけではありません。宣戦布告です」
「似たようなもんじゃねーか」
 それをたしなめ、響也がかなでの前に来る。律も一緒だ。
「小日向、優勝おめでとう。……いいコンクールだった」
「ホント、いい演奏だったぜ」
 二人は穏やかに、けれど少し悔しそうな顔でそう言い残し去っていった。かなではありがとうと、星奏学院の演奏も良かったと、それだけを返した。
トーノが小さく呟いた。その言葉は聞こえずに、三人は帰路につこうと歩き出す。
「良い演奏、でしたよね?」
 あの人が演奏を聞いていたかはわからない。それでも、聞いていてくれたなら。彼は、良い演奏だったと言ってくれるだろうか? そしてもう一つの想いを抱きながら、かなでは三人の後を追った。
ホールから出ると、既に日は傾きほんのりと闇が辺りを包んでいた。朝雨が降っていたこともあってか、さほど蒸し暑さは感じない。
「で、結局ご飯は何にしよう?」
「ヴァレーニキ食べたい」
「ヴァレーニキ……?」
「手間がかかるだろう、却下だ」
「ボルシチだって似たようなものだろ」
 先ほどからハラショーで何を買うか、夕食を何にするか論争が繰り広げられているが一向にまとまる気配が無い。
「じゃあ、ちゃんちゃん焼きとか」
「は? 何それ。説明しなくていいけど」
「ちゃんちゃん焼きならわりとすぐできるけどね」
「打ち上げらしくないだろう、ダメだな」
「打ち上げらしい料理ってなんだ?」
「うーん、ピザとか?」
「ともかくちゃんちゃん焼きは却下だから」
「そりゃないぜ」
 いつもより遅い足取りで四人は夜の街を歩いた。日が沈み、電灯があかりを灯し始めた。夜の街は静かで、四人の声がよく通る。
「そうだ、好きなもの全部作っちまえばいいんだ。今日ぐらいパーッとやろうぜ、パーッと」
「まあ、確かに……」
 かなでもそれに賛同しようとして、僅かな違和感に足を止めた。夜の静寂の中、かすかにヴァイオリンの音が聞こえた気がした。だがもう夜も遅い。外でヴァイオリンを弾いているのはあり得ないだろう。
「小日向?」
「今、音がしなかった?」
「音?」
「ヴァイオリンの、音……」
 今度ははっきりと、かなではその曲を耳にした。音がする方向を振り向くと、僅かしかない電灯が誘うように道を照らしていた。
「こんな遅くにヴァイオリン弾いてる奴なんて――」
 そう言いかけて、ソラは言葉を止めた。ニアもトーノも、ハッとした表情で口を閉じた。本来ならばありえない話だ。だがかなでにはまるでその音が、自分を呼んでいるように聞こえたのだ。
「小日向さん、行っておいで。きっと、彼も君を待ってる」
 この音の先に冥加が待っている。確証はない。それでも、この想いを伝えたいと思った。
「うん。私、行ってくる!」
 楽器ケースを持ったままかなでは走り出す。暗く電灯も少ない道だが迷いはなかった。
「……二人にも、聞こえるんだな」
「どういう意味だ?」
「いや……、上手くいくといいな。小日向さん」
「……? ああ」
 トーノは曖昧に笑う。空には、いつの間にか月が出ていた。
「じゃあ、俺たちは先に二番目の家に戻るとしますか!」
「……しょうがないから、祝勝会はあいつが帰ってからにしよう」
「賛成! 今日ぐらい夜更かししてもいいよな」
「そうだな。フフ、健闘を祈っているよ。小日向」
 かなでの姿はもう見えない。彼女が走って行った先に、淡く月の光が注いでいた。

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