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セヴシック

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茨の森 28(終)
話←  茨の森28話  →27話  →→→1話
函館天音軸 冥加×かなで
函館軸ですがゲーム本編に全然沿ってません(コンクール云々は一緒)
ファンタジー色強め、登場人物のキャラクターがおかしいかもしれません
オリジナルの捏造設定のようなものも多々でてくるのでご注意を。



「茨の森」



 飛行機から降りた瞬間、横浜よりも少し肌寒い空気が肌を刺した。冥加は機内では脱いでいた上着を羽織り、到着ロビーへと向かった。手荷物を受け取りロビーへ行くと、すぐに白いスーツを着た長身の男が目に入る。
「よくのこのこと姿を現せたものだな」
 その男、アレクセイへと近づき冥加は眉間に皺を寄せた。
「すみませんネ。とても、美しい場所に行っていたんデスヨ。君にも見せてあげたかったぐらいです」
「くだらん話はいい。……マスターキーだ」
 冥加は天音学園のエンブレムがプリントされたカードをアレクセイに差し出した。
「やけに素直ですね。私がいない間いいことでもありまシタか?」
 きょとんとしながらもアレクセイはマスターキーを受け取る。
「マスターキーぐらいで、俺の立場は揺るがない」
「フフ……なるほど。まあ、約束は約束ですからネ。彼女に手出しするのはやめておきましょう」
 素直だと言われたが、アレクセイの方もいつもの反応とは違っている。冥加は眉を寄せた。
「彼女の音は素晴らしい。眠らせるには、惜しいぐらいに」
 怪訝な顔をした冥加とは対照的に、アレクセイは笑みを浮かべた。笑ってはいるが、その目は威圧するようにこちらを見据えている。
「……」
「では、私は仕事がありマスので。また会いまショウ。玲士クン」
 ゆっくりと手を振り、アレクセイは去って行った。


「冥加さん!」
 しばらくアレクセイが消えた方向を見ていた冥加は、久しぶりだが聞き間違えることのないその声の主――今では親しい間柄となった小日向かなでへと顔を向けた。
「……迎えは必要ないと言ったはずだが」
「いいじゃないですか。待ちきれなかったんです」
「そんな暇があるなら、演奏会の曲でも練習したらどうだ」
 そう、冥加がこの函館に来たのはアレクセイとの取引と、函館天音で行われる両天音学園での合同演奏会が理由だった。
「ご心配なく、ばっちりですから!」
 そっけない言葉を気にすることなく、小日向は飽きもせずに話を続けた。落ち着きのないその姿を子供らしいと思いながらも、冥加の口の端には笑みが浮かんでいた。
「随分とはしゃいでいるようだが?」
「あ、すみません私ばっかり。冥加さんに合えたのが嬉しくて、つい喋りすぎちゃいました」
 臆面も無く、小日向はこうも愚直に想いを伝えてくる。冥加は真顔に戻り、そうかとだけ返事をした。
 人の多い空港を抜け、冥加と小日向はタクシーへと乗り込み函館天音学園へと向かう。街中を過ぎ、窓から見える景色が緑へと変わっていった。それを見て小日向が静かに声をあげる。11月の初め、木々は鮮やかにその色を変えていた。
函館天音学園の門の前に着き二人はタクシーから降りた。空港では多弁だった小日向の口数が減っていることに、冥加は気づいていた。
「どうした?」
 小日向が冥加を見上げた。その瞳は揺れている。
「……アレクセイさんと、何を話していたんですか?」
「見ていたのか」
「ご、ごめんなさい。声をかけようかとも思ったんですけど、大事な話をしてるみたいだったから」
「お前は、自分の心配をしていればいい」
 そう言うと小日向は押し黙ったが、冥加から視線を外すことはしなかった。冥加もその視線を真っ向から受け止めていたが、苦しくなって目を伏せた。
 当初の目的は、小日向をこの手で完膚なきまで叩きのめし、同じ屈辱を味わわせることだった。だがその奥にあるものが違うものだと気づいた時、氷の茨は急速に溶けていった。太陽の温かな光によって。
「それは、記憶のことですか?」
「……奴は自分の目的のためならば手段を問わない」
「……?」
 そして彼女の音色をもう二度と失わないように、天秤は自然と野心を差し出した。だが、アレクセイがしばらくの間姿を消していたおかげで、冥加は横浜天音のほとんどの権限をマスターキーが無くとも掌握できる状態を作り上げたのだった。
 この平穏がいつまで続くかはわからない。アレクセイの気まぐれ一つで、冥加を揺さぶることができるだろう。
「私は、アレクセイさんのことをよくは知らないですけど……でも私は、大丈夫ですよ」
 その瞳はいつのまにか揺れではなく、強い光をたたえていた。
「なんて言うか……もしまた記憶を失くしても、きっとまた思い出せる。そんな気がするんです。ヴァイオリンが好きな限り、多分私は何度でも」
 太陽のように眩しく、小日向は笑う。
「……小日向」
 呼びかけにはいと答え、小日向は冥加を不思議そうに見つめた。彼女の背後に見える門が、無表情で冥加の様子を伺っているように思える。
 横浜天音へ来ないか?
 そう言おうと思っていたのだ。小日向はけして首を縦に振らないだろうとわかっていても。
「函館は、楽しいか?」
 一瞬の静止の後、小日向は生き生きと話し出した。
「……はい! 少し寒いなと思うことはあるんですけど、本当に、函館天音に転校して良かったです」
 あの言葉は必要ない。その笑顔を見て、彼女の思い出せるという言葉を聞いて、冥加はそう感じた。それに、思い出せないというのなら、どんな手を使ってもその記憶を呼び覚まそう。いくらでもヴァイオリンを弾き続けよう。
「そうか」
「そうだ、私、学園の中を案内しますね!」
 小日向は軽やかな動きで門をくぐり、冥加に向き直って名前を呼んだ。秋の柔らかな日差しが彼女を美しく包んでいる。装飾の妖精たちが彼女を祝福しているようにも見えた。
 この函館天音学園が茨の森のようだと思ったのは、いつだっただろうか。眠れる森は目を覚まし、その茨を残しながらも城へとその門を開いている。
「冥加さん。ようこそ、函館天音学園へ」
 眠れる森の美女、それにしては幼くあどけない顔の少女に導かれ、冥加はその門へと足を踏み出した。

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